政略夫婦の懐妊一夜~身ごもったら御曹司に愛し尽くされました~

一瞬、視界がグニャリと歪んだ。前に出した足で踏ん張ると、崩れ落ちそうになりながらもどうにか持ちこたえ、景色は戻った。

今のはなんだったんだろう。
さすがに朝食が少なかったのだろうか。でも体重を測定するから、なるべくお腹に食べ物を入れたくなかったんだけど。
非常用のナッツをひと粒口にしようと思い、肩掛けバッグのチャックに手をかける。

「あら? 桃香?」

バッグに目を落としたところで正面から名前を呼ばれ、顔を戻す。

「……み、美砂?」

もうあと数歩先に病院のゲートが見えていたが、桃色のセットアップのスカートを着た美砂がそこへ続く歩道を遮り、私の顔を覗き込んでいた。

「偶然! どうしたの? お買い物?」

美砂の高い声が、頭の中で反響する。どう返事をしたらいいのだろう。美砂にはまだ妊娠したことは伝えていない。

「え、ええ……」

あれ、どうしたんだろう。思考に(もや)がかかったみたいに、なにも考えられない。

「桃香?」

足の力が抜けていき、景色が下へ下へと移り変わっていく。

「え……! ちょっと、桃香!! 桃香ってば!」

プツン、とテレビが消えるように、そこで私の意識は途切れた。

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