政略夫婦の懐妊一夜~身ごもったら御曹司に愛し尽くされました~
力を入れたせいだろうか。いや、違う。夏樹が来る前から、なんとなくお腹が痛かった。それがさらに顕著になり、異常事態を伝えるかのような鋭い痛みとなって存在感を増している。
「おい桃香、飯田さんはっ」
「な、夏樹、ごめん、静かにして」
「なんだと!?」
「ちょっと、喋らないで、黙ってて……」
体の力を抜いて大きく息を吐くと少し楽になり、逆に隣で怒鳴られると痛みが増している気がした。
彼はカチンと来たのか一瞬眉根を寄せたが、私の深呼吸と脂汗に気づいたのか、すぐに異変を察知する。
「どうした」
「……夏樹……」
壁に掛かった時計に目をやる。ここ一時間のうちに、五回ほど、お腹が痛いと感じた記憶がある。十分おきに波が来ている、と考えていいかもしれない。
これって、陣痛?
「うー……痛い痛い痛い……」
「桃香。まさか、産まれそうなのか?」
「うるさい……黙ってて……余計痛いから……」
小さい音に聞き耳を立てるかのように、夏樹は黙り込んだ。そして私の息とうめき声に合わせて瞳孔を開き、「陣痛なんだろ?」と目で訴えかけている。
やがて痛みはさざ波のように引いていき、私は解放されたタイミングを見計らって元の呼吸に戻し、心を落ち着ける。
しかし、きっとすぐにまた痛みがくるだろう。怖い。もう、今から、すぐなの?
最近は夏樹のことで落ち込んでばかりで、肝心の陣痛に対して心の準備ができていなかった。
それに、正期産まであと三週間あるのに。