願わくば,彼女が幸せになれますように。
私はドキドキしながらドアの前で待つ。
実際は10分くらいの時間しか経ってないのに,私にとっては30分は待ってるように思えた。
まだかな?早く会いたいな。
そんな気持ちが時間を遅らせているようだった。
「……よ!柚姫!」
その声にドキリと心臓が脈打つ。
「っ,海斗…!!」
自分で海斗をずっと待っていたくせに,いざ目が合うと,顔が火照ってしまう。
「おはよう〜。」
ニコリと笑うその顔はキラキラと輝いて見えた。
今でも信じられない。
私が海斗の彼女だなんて!
夢心地の中,勇気を出して告白した過去の自分に拍手を送った。
海斗は私の幼馴染で,私はずっと憧れていた。
……それがいつしか恋に変わった。
今年の春,海斗は中2,私は小学六年生になったばかりの頃に告白した。
海斗にとっては妹のように思っていた私から告白されたのは本当にびっくりしたらしい。
それでも海斗はOKしてくれて,私たちは晴れてカレカノになった。
悩みと言えば,中学生と小学生の2歳差の恋はやっぱり辛い。
海斗は部活で忙しいし,学校内では会えないし,唯一会えるとするなら今,まさに朝の時間だけ。
でも,幸せだった。
海斗の彼女になれただけでもすっごく嬉しかった。
たくさんデートして思い出も作れたし,笑いあえた。
ほんとに夢なんじゃないかと思うほどに楽しくて嬉しくて仕方がなかった。
……けど,幸せは長くは続かない。
天気がコロコロ変わるのと同じで,海斗の気持ちはすでに傾いていた。
今日は海斗も私も早帰りで,デートの予定だった。
私は今にもスキップしそうな勢いで家に帰った。
最近はあまりデート出来てなかったから,ニヤつきが止まらなくて,でもそれさえも愛しく感じる。
可愛いメイク,洋服を身にまとって直ぐに海斗の家に向かった。
すると,海斗が中学の制服を来た女の人と喋っていた。
私はいつの間にか電柱の裏に隠れていた。
なんで隠れているんだろう?と思いつつ私は息を殺して聞き耳を立てる。
「海斗…!なんで私と遊んでくれないの?」
上目遣いで海斗に迫っている女の人。
……嫌な予感がした。
でも私の足は接着剤にくっつけられたみたいに動かなかった。
女の人が声を荒らげて
「私の事嫌いなんでしょ!?」
と,言った。
海斗は困っているんだと思った。
優しいから断れなくて,悩んでるんだと思った。
でも神様は私を裏切った。
「ばーか。嫌いなわけないだろ?
…愛してる。」
その海斗の声を聞いた途端,気づいたら駆け出していた。
涙が一筋だけ風に乗って零れ落ちる。
嫌だ,嫌だ……これは何かの間違いだ。
私は悪い夢を見てしまっているんだ。
覚めろ,覚めろと馬鹿みたいに連呼しても覚めてはくれない。
「う……ふぅ…っぁう…」
涙は止まることを知らなかった。
私はしゃがみ込んで人目も気にせず泣いた。
知らないふりをしようと思った。
無かったことにすれば,それでいいと思った。
でも,そんな器用な事は小学生の私には難しかった。
デートの時,思いきって聞いた。
これで否定してくれたら許してあげよう。
そう思ったのに…歯切れが悪そうにする彼を見て,私の中の何かが切れた。
「別れよう,私達。
私もう,海斗のこと好きじゃないから。」
海斗は真っ青な顔をしながら,言い訳をいくつも口にした。
でも,私の耳には何一つ入ってこなかった。
海斗への愛がプツリと切れてしまったのだ。
私は回れ右をして泣かないように必死に堪えた。