【受賞&書籍化】高嶺の花扱いされる悪役令嬢ですが、本音はめちゃくちゃ恋したい
 マリアは頬を紅潮させ、操られるようにマカロンに手を伸ばす。

 軽い生地にさくっと噛みつけば、砂糖の甘みがダイレクトに脳に響いた。
 飲み込んだら、からっぽの胃に熱が広がって、体のすみずみまで元気が戻るのを感じた。

(わたくし、自分が思うよりお腹が空いていたみたいだわ)

 そういえば、宮殿でショックを受ける前から食事を残しがちだった。
 レイノルドからの返信を心待ちにしている間はいつもそうだ。エネルギーが足りないと頭が働かなくなる。

(あの場で怒る気が起きなかったのはこのせいね)

 本来のマリアであれば、自分の婚約者にベタベタ触れるルクレツィアに上手い返しの一つでもしてやれたはずだ。

 すごすご引き下がって王妃に訴えに行くなんて。

(高嶺の花の名にふさわしくなかったわ)

 どんな事態にも物おじせずスマートに解決してこそ、ジステッド公爵家の令嬢マリアヴェーラである。

 マリアが弱気になって王妃もがっかりしたことだろう。
 それでも見捨てずに心構えを教えてくれたのは、彼女がマリアの才能を大いに買ってくれているからだ。

 考えている間も手は止まらず、マリアはチョコレートやプリンをもぐもぐぱくぱく食べ進めていく。
 食欲旺盛な様子に安堵したミゼルは、微笑みながら紅茶を注ぐ。

「かわいらしいマリアヴェーラ様が戻ってきてくださってよかった。女性の気が弱くなった時は甘い物が特効薬になる、とおばあさまに聞いたんですが本当ですね」

「ミゼル様のおばあさまに感謝ですわね。わたくし、やっと冷静になりましたわ」

 唇についた砂糖粒をなめとったマリアは、熱い紅茶を喉に流し込んで背筋を伸ばした。

「わたくし、どうしてもレイノルド様が自分の意思でルクレツィア様に鞍替えしたとは思えませんわ。やられた分は必ずやり返す、この性格を知っていて無視できるのは、愚か者か怖いもの知らずかのどちらかです」

 もしもレイノルドがルクレツィアを側妃に迎えようとしているのなら、彼女の相手もこなしつつマリアのご機嫌を取るはずだ。
 彼女とデートしている間は手が離せなくても、手紙の返信を書いて適当な贈り物を添えるだけでいい。

 だが、彼はそうしなかった。
 できなかったと言い換えてもいい。

 監視か、脅迫か。
 やむにやまれぬ事情があって、レイノルドは、マリアと自分の婚約を覚えていないふりをしなければならなかった。

 そう考えた方が自然だ。


「レイノルド様は危険にさらされています。お救いできるのはわたくしだけですわ」

< 320 / 446 >

この作品をシェア

pagetop