【受賞&書籍化】高嶺の花扱いされる悪役令嬢ですが、本音はめちゃくちゃ恋したい
「来てくれ」

 低い囁き声はレイノルドのものだった。
 麗しい礼装にドキッとしたのもつかの間、ぐいぐい引っ張られて劇場の奥へ連れて行かれる。

「レイノルド様、どちらへ?」

 返事はなかった。
 レイノルドはマリアを振り返ることなく、劇場の奥へと進んでいき、廊下の隅にあった扉を乱暴に開けた。

 そこはガーデンテーブルが置かれたテラスだった。
 びゅっと外の風が吹き込んできて、マリアは身震いした。

(寒いわ)

 手を引かれ、問答無用でテラスに出る。
 季節は晩秋。全身にひんやりした夜風が吹きつけた。

 この季節にテラスに出る客はいないため、二人きりだ。
 空は暗いが、ぽっかり浮かんだ満月のおかげで辺りが見渡せる。

 床にたまった枯れ葉を蹴散らして足を進めたレイノルドは、マリアがくしゃみをするとピタッと止まった。

「すまない。あんたはドレスなのに」

 そう言って、脱いだ上着をマリアに着せてくれる。
 労わる仕草が以前の彼のようで、マリアは思わず名前を呼んでいた。

「レイノルド様……」
「どうしてだ?」

「え?」

「どうして、あんたはいつも愛おしそうに俺の名前を呼ぶ」

 切羽詰まった問いかけに、マリアは動揺した。
 愛おしく聞こえるのは、マリアが彼を愛しているからだ。

 しかし、レイノルドはマリアと恋人同士だった記憶を忘れている。

(愛していると伝えても、また冷たく突き放されるだけ)

 かといって他に説明のしようがなくて、マリアは赤く塗った唇を噛んだ。

 苦し気なその姿はレイノルドの心をえぐった。
 衝動的に、マリアの肩を抱き寄せた。

「あ……」

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