【受賞&書籍化】高嶺の花扱いされる悪役令嬢ですが、本音はめちゃくちゃ恋したい
 視界は塞がれていた。
 レイノルドがマリアの顔を自分のシャツに押し付けるように抱きしめているのだ。

「……しゃべるな。埃を吸うと体に悪い」

 そう言うレイノルドは、マリアの頭に回した腕で口元を覆っているようだ。声がくぐもっている。

 距離の近さに、力強い腕に、久々に感じる彼の体温に、マリアは感極まる。

(レイノルド様……)

 広い背に腕を回すと、彼はよりいっそう強く抱き返してくれた。

 頬を通して、彼の心臓の音が伝わってくる。
 とく、とく、とく。優しい音に身をゆだねていると、ルクレツィアが現れる前の二人に戻ったような気分になった。

 仲がいい恋人で、婚約者で、素晴らしい結婚式を挙げるために協力し合い、夢中になって恋をしていた頃に。

 元に戻りたい。
 それはきっと、マリアだけの願いではない。

(今のレイノルド様なら、わたくしが何を言っても信じてくださるわ)

 だが、マリアは口を開く気にはなれなかった。
 今はただ、この彼のぬくもりに包まれていたい。

 うっとり目を閉じていたら、廊下の方で複数の足音が聞こえた。

「誰かいるのか!」

 扉を開けた衛兵が大声で呼びかけてくる。
 レイノルドは、名残惜しそうにため息をついて起き上がった。

「俺だ。王妃の侍女も一緒にいる」
「第二王子殿下でしたか!」

 衛兵はレイノルドに怪我がないのを確かめると、応援を呼びに走った。

「あんた、怪我はしてないか?」
「無事です。レイノルド様が助けてくださいましたから。ありがとうございました」

 マリアが深く頭を下げると、レイノルドは照れくさそうに微笑んだ。

「レイノルド王子殿下、そこで何をしてらっしゃったのですか?」
「っ!」

 思わぬ方向から尋ねられて、マリアの背筋が粟立った。
 見れば、小窓のそばにオースティンが立っていた。
 同じく驚いたレイノルドは、とっさにマリアを背にかばう。

「お前、いつからそこに」
「質問しているのはこちらです。その侍女と何をなさっていたんです?」

 オースティンは、侍女がマリアだと気づいていないようだ。
 マリアは顔を伏せてレイノルドの陰に隠れた。

「荷物運びを手伝って保管庫に入ったら、古びたキャビネットが倒れてきた。それだけだ」
「……そうですか」

 心にもない納得の言葉を告げて、オースティンはレイノルドを睨んだ。
 怒りの感情がこもった細い目は、剣のように鋭くつり上がる。

「次期国王ともあろう方が、侍女の手伝いをする必要はないはずです。そんな女にかまう時間があるなら、一分一秒でも長くルクレツィアお嬢様の話し相手になってください。今日もお待ちしているんですよ」

「またか」

 うんざりした様子のレイノルドは、マリアを振り返る。

「俺は着替えてルクレツィアのところへ行く。保管庫に入る時は気を付けろよ」

 注意する声は優しかった。

(仕方ないわ。まだ記憶は戻っていないんだもの)

 けれど、抱きしめられた先ほどの時間もまぎれもない現実。

 彼の背を見送るマリアは、震える自分の体がレイノルドの中にくすぶっていた情熱を焚きつけたことまでは気づけなかった。
< 363 / 446 >

この作品をシェア

pagetop