【受賞&書籍化】高嶺の花扱いされる悪役令嬢ですが、本音はめちゃくちゃ恋したい

22話 蜘蛛と執事

「レイノルド王子殿下が王妃の侍女と保管庫で二人きりになっていました。侍女の顔はよく見えませんでしたが、マリアヴェーラ・ジステッド公爵令嬢に似ていたように思います」

 別邸の居間で、ルクレツィアはオースティンの報告を聞いた。
 手遊びにすく髪は、蜘蛛の糸のように細く白い。

「二人きりね……。いったい何をしていたのかしら」
「荷物運びを手伝ったと言っていましたが嘘でしょう」

 マリアとレイノルドは隠れて逢瀬を楽しんでいたということか。
 仲睦まじい一時を過ごす二人を想像して、ルクレツィアは苛立った。

 思わずブチリと髪を引き抜く主を、オースティンは感情の読めない目で見つめている。

「王子殿下は入浴して埃を落とすので、今日はこちらに来られないと」
「馬鹿にしているのですか?」

 ルクレツィアは近くにあった花瓶に手を伸ばし、生けられていた赤い花ごと冷たい水をオースティンに浴びせかけた。

 ばしゃんと濡れたオースティンは、黙ったまま赤い瞳を光らせる。
 彼にしては珍しい反抗的な態度だが、ルクレツィアは少しもひるまない。

「なぜ、私がレイノルド王子殿下に気に入られなければならないか思い出しなさい。貴方のためなのよ」
「……失礼しました。ルクレツィア様」

 オースティンが目を伏せて謝れば、彼女はにっこりと微笑んでオースティンの首に両腕を回す。
 着ていたドレスが濡れたが、少しも気にならない。

「私たちの願いを叶えるために邪魔者は排除しなくてはいけません。そうだわ。レイノルド様が手の届かないところに行ってしまったら、きっと彼女も諦めるでしょう」

 レイノルドを独占するため、ルクレツィアは新たな計画を思いついた。

 彼自身が遠くに行ってしまえば、彼に会うために侍女になって宮殿に潜入する公爵令嬢なんて障がいにはならない。

「早く私のものにならないかしら」

 レイノルドと結婚する日を思って楽しそうなルクレツィアは、抱きついたオースティンが悲しそうな表情をしていることに、ついぞ気づかなかった。



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