【受賞&書籍化】高嶺の花扱いされる悪役令嬢ですが、本音はめちゃくちゃ恋したい
 のけぞるマリアの目の前、炎は猫の形になる。

『こっち』

 火炎の猫がしゃべった。びっくりしたマリアとダグラスは顔を見合わせる。

「これはもしや」
「魔法だな。私はジステッド家の者だ。案内してくれ」

『にゃーおー』

 炎の猫はずいぶんと間延びした鳴き声を上げて、雪道を歩き出した。
 左右に揺れるしっぽは、キャンプファイヤーの終わり際みたいに黒い煙を上げている。

(不思議な魔法ね)

 猫が案内してくれたのは、大きな煙突のある古びた屋敷だった。

 不思議なことに敷地にはほんのわずかな雪しかない。
 炎でできた猫が庭のあちこちにいて、積もったそばから溶かして歩いているようだ。

 石造りの大きな玄関をくぐると、真っ白い髪の毛とひげをたっぷり蓄えた老人が、両手を広げて歓迎してくれた。

「ようく来たね。ダグラス!」
「お久しぶりです」

 ダグラスは老人と抱擁しあってから、紹介を待つマリアを振り返った。

「マリアヴェーラ、この方はループレヒト先生。地政学の研究者で、ここは留学中の私の下宿先だった。先生、彼女はマリアヴェーラ・ジステッドといいます。私の妹です」

「しばらくお世話になります」

 マリアは、ごくわずかに姿勢を低くして挨拶した。
 コートで着ぶくれしているため、令嬢らしい優雅なカーテシーができないのである。

「ダグラスと似て美人な妹さんだね。今晩は大雪だから、歩いてくるのは大変だったろう。お風呂で体を温めておいで。夕食はたっぷりのシチューと仔羊のローストだよ」

 ループレヒトは、マリアたちを客間に案内してくれた。
 屋敷は立派で、ところどころに猫がいた。

 外にいたのは火炎でできていたが、こちらは一般的なサバトラ模様の毛並みである。違うのは、目玉がカシャカシャと音を立てることだった。

「あの音は何ですか?」

 マリアが問いかけると、ループレヒトは困ったように髭を撫でた。

「写真を撮っているんだよ。実は、この屋敷には住人がもう一人いて、魔法で作った猫を使役して生活しているんだ」

「魔法が使えるということは、魔法使いなんですね。ご挨拶させていただきたいですわ」

 大公に面会するまでお世話になる予定なので、同居人とも仲良くしたいところだ。

(それに、魔法使いと親しくなれば、魔法の解き方を教えてもらえるかもしれないもの)

 期待を寄せるマリアに、ループレヒトは残念そうに首を振った。

「彼は人間嫌いで、ほとんど部屋に引きこもっているんだ。猫で雪を解かすのも、写真を撮るのも、誰とも会いたくない一心なんだよ。そっとしておいてあげてくれるかな」

「は、はい」

 訳ありのようだったので、マリアも頷かざるを得ない。
 ダグラスは、その魔法使いに心当たりも興味もないようで、久しぶりのルビエ料理が楽しみだと笑っていた。

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