【受賞&書籍化】高嶺の花扱いされる悪役令嬢ですが、本音はめちゃくちゃ恋したい
 マリアと自分の関係は思い出せない。
 けれど体は知っているのだ。
 彼女と過ごした年月を。彼女が与えてくれた温かな気持ちを。

「会いたかった……」

 部屋に入ったレイノルドは、感極まって、薔薇色に染まった頬に手を伸ばす。
 と、その腕をルクレツィアに捕まれた。

「彼女と関われば頭が痛くなりますわ」
「お前、どうしてそれを知って……」

 再びマリアに視線を戻すと、頭の奥がズキッとうずいた。
 割れるような痛みに、思わず頭を抱えてうずくまる。

「ちっ、くしょう……」

 奥歯を噛みしめてうなるレイノルドの側で、オースティンは「貴方がいると痛み続けるでしょう」と素っ気なく言う。

「わたくしは帰ります。レイノルド様をよろしくお願いします」

 つむった目を薄く開ければ、マリアが足早に真横を通り過ぎるところだった。

「行く、な」

 必死に声を出す。すると、彼女は立ち止まった。

「――ご安心を。わたくしが貴方をお救いしますわ」

(やめろ)

 言いたい言葉は声にならずに消えた。

(あんた、またろくでもないことを考えているだろ)

 わき上がった考えに、自分で自分を殴りたくなる。

(覚えていないくせに『また』とか言うな!)

 自分が情けない。けれど、そんな己をマリアヴェーラは見捨てない。
 その理由はわかっていた。
 彼女はレイノルドを愛している。
 そして、多分レイノルドも。

(愛していたんだ。マリアヴェーラを――)

 気が遠くなって、レイノルドはその場に倒れ込んだ。
 重たい体を抱き起こしたオースティンは、閉じられたまぶたの隙間から、透明な涙が一筋落ちるのを見た。

「恋人を忘れて、苦しいですか」

 青琥珀より美しい雫は、オースティンの胸にたしかな罪悪感を植え付けたのだった。


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