【受賞&書籍化】高嶺の花扱いされる悪役令嬢ですが、本音はめちゃくちゃ恋したい

3話 遊び人の素顔

 ジステッド公爵家に向かう馬車の中で、ヘンリーはいささかくたびれた様子で剣を抱きしめた。

「いやー、マジで死ぬかと思った」
「すみません。うちの使用人たちが過激で……」


 ――メイドが大騒ぎしたせいで、ミゼルの部屋には家中の使用人たちが押し寄せた。

 庭師は手にシャベルを、シェフは肉切りナイフを、洗濯メイドは熱々になったコテを……といった具合におのおの武器をたずさえて、血走った目でミゼルのベッドに上がったヘンリーを取り囲んだ。

 一方、ヘンリーの方も黙ってやられる気はなく剣の鞘を掴んだ状態でニヒルに笑う。

「君のおうちの人は過保護だね。こういう場合、だいたい侍女長が駆けつけてきて、オレに金を握らせて『お嬢様と関係をしたのを黙っていろ』と命じてくるのがお決まりなんだけどな」
「婚約者がいるご令嬢でしたらそれが最適解だと思います」

 別の男と浮気をしているのが露見したら、せっかくの婚約が破談になってしまう。
 お金で引いてくれる男なら懐柔しない手はないだろう。

 執事に腕を引っ張られてベッドから降ろされたミゼルは、黒い背広の後ろから告げる。

「みなさん、私は乱暴されていません。ヘンリー・トラデス子爵令息は、昨晩とある事情で相談にいらっしゃったのですが、眠すぎたので私が寝落ちしてしまって、不遇にも同じベッドで眠るよりなかっただけなので」
「お嬢様、かばいたてする必要はございません」

 髪を撫でつけた執事は、残念そうに首を振った。

「どんな事情があろうとお嬢様の部屋に忍び込んできた時点で、この男はわたくしどもの敵なのです」

 そう言って、彼は胸ポケットから先の尖った錐のような武器を取り出した。
 彼がこの屋敷にやってくる前、暗殺に用いていたものだと聞いたことがある。

 見慣れない武器を目にしたヘンリーは、とたんに焦り顔になった。

「暗殺者までいるわけ? どうなってんだよ、このお屋敷は」
「悪気があるわけではないんです。母が亡くなった後、父と兄では一人娘の私を守れないと心配した祖母がやり手を集めてくださって……」
「君のおばあさまって何者なの??」

< 431 / 446 >

この作品をシェア

pagetop