【受賞&書籍化】高嶺の花扱いされる悪役令嬢ですが、本音はめちゃくちゃ恋したい
 祖母は女だてらに伯爵家当主を務めた女性だ。
 婿入りした夫に先立たれた彼女は、まだ幼かったミゼルの父が成人するまで家を守りきった。
 その間にさまざまな経験をしたらしく、今ではご意見番として一部の貴族の話し相手を務めているし、ミゼルにも人生に役立つ助言をしてくれる。

「祖母は、そう……ほんの少し慧眼の女性です。みなさん、武器を収めてください。ヘンリー様が暴漢だったら、おばあさまが差し向けた配下が昨晩のうちに始末して、庭に埋めているはずです」
「それもそうですね」

 執事たちは納得した顔で武器をしまった。
 それを見たヘンリーが「監視されてんの、この屋敷?」と青ざめたのは言うまでもない。

 ――その後、ミゼルはヘンリーを出勤前の兄に紹介し、二人で朝食をとってから家を出た。

 クリーム色の衿付きドレスに同色のカチューシャをつけたミゼルを、寝癖がそのまま無造作にセットしたように見えるヘンリーは「似合ってるね」と褒めてくれた。
 そよ風のように軽い言葉にはさして感情がない。

 彼は、いつもこうして心にもない言葉で女性を褒めているのだろう。
 ミゼルも特に嬉しがったりはせず、「ありがとうございます」と返した。

 好きでもない男性との距離感はこのくらいでちょうどいい。
 女性慣れしていない男性は、微笑みかけただけで好意を持たれていると勘違いして迫ってくるけれど、ヘンリーは自ら女性にアタックすることはない。

(変に距離を詰めてこないので安心です)

 世の女性がモテる男性を好きになってしまうのは、こういう理由もあるのかもしれない。

 ヘンリーがミゼルにちょっかいを出してこないのは、祖母の監視を恐れているためでもある。
 だが、今さら冷や汗をかいてももう遅い。

 祖母の配下は、昨晩のうちにミゼルの寝室のベランダによじ登って侵入したヘンリーの素性を調べ上げて、祖母に報告しているだろう。

(おばあさまが何もしてこないのも珍しいですね)

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