【受賞&書籍化】高嶺の花扱いされる悪役令嬢ですが、本音はめちゃくちゃ恋したい
 耳を押さえて振り返ると、首にタオルをかけたヘンリーが立っていた。

 貸したナイトウェアのシャツとズボンはゆるく、すっかり体があったまったせいで頬や唇には赤みが差している。
 濡れてぺたんとした髪も、眠たげに見える目元も、急に彼が見知らぬ男になったみたいで目に毒だ。

(ど、どうして胸がドキドキしているの?)

 騒ぐ心臓の辺りを手で押さえて視線を泳がせていると、気づいたヘンリーが濡れた襟足をつまんだ。

「ごめん。ミゼルちゃんには色っぽすぎたね。ドキドキしたかな?」
「いいえ! 十分にあたたまりましたか?」
「うん。でも、さっきはだいぶ冷えたからね。もっと熱くなりたい気分」
「では熱々の紅茶を用意してきます」
「必要ないよ」

 ヘンリーは、立ち上がりかけるミゼルの肩を押さえてソファに縫いとめた。
 彼女の耳が真っ赤に染まっているのを見て、愉しそうに微笑む。

「期待してる? それとも、ミゼルちゃんも氷をかぶって風邪を引いちゃったのかな? オレでよかったら温めてあげるけど」
「けっこうです。私、ヘンリー様を恋愛対象だと思っていないので!」
「ふーん」

 突然、後ろから腕を回されて抱きしめられた。

「じゃあ、どうしてオレの好物を聞きまわっていたの?」
「っ!」

 甘く切ない囁き声に、体の芯がしびれた。

(全部、知られていたんだわ……)

 焦りと恥ずかしさで胸がさらに騒いだ。
 今すぐに腕を引き剥がして言い訳をしなくては。

 伯爵家では客人の好物を作っておもてなしする家訓がある、とか。
 祖母に調べてこいと命令されたから仕方なく、とか。

 何でもいいから、ヘンリーに興味がないふりを貫かなければならない。
 すべてが終わったその後に「つまらない令嬢だった」と思われるような関係を築くのが理想だ。

 理想、だったのに。

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