なないろ。-short stories-
#Story 1
どこに行くという当てもなく、ふらふらとした足取りで病院を出た。
慣れない太陽光が眩しくて下を向く。水溜りに反射して瞳に映ったのは憎いほどに真っ青な、春の空だった。
どこか遠くから楽しげな笑い声が聞こえてきて、まだこの世に笑うことができる人がいるのだと、そんな馬鹿げたことを考えていた。
ー詩音くん
不意に愛しい女の声が聞こえてきてはっと顔を上げる。
ー生きて。詩音くんのこと、いつも見守ってるから
もし触れることができるなら。消えてしまいそうなほど、儚い声。
けれどその声がどこから聞こえてくるのかなんて気にすることができなかった。
彼女との思い出が次々と脳裏を掠めては消えていき、目頭が熱くなる。
柔らかい春風が頬を撫で、その風に乗って辺り一面に桜の花びらが舞った。
桜吹雪だ。
あまりにも美しいその景色に思わず見惚れていると誰かに肩を叩かれた。
振り向きざまに視界に飛び込んできた、一人に女性の姿に堪えていた涙が溢れ出す。
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