許されるなら一度だけ恋を…
「それやったらうちはまだやる事あるし、桜さんを野点(のだて)の場所まで案内したって」

ニッコリしながら奏多さんの母親は私に持っていたお盆を渡してその場から立ち去った。

今、廊下には私と奏多さんの二人きりだ。

「じゃあ行きましょうか」

二人きりになっても奏多さんは標準語のままだった。私は黙って奏多さんの後ろをついて行く。

何か空気が重いな。そう思いながら歩いていると奏多さんがピタッと立ち止まった。

「少しいいですか?」

立ち止まった先には客間がある。奏多さんは障子を開けて部屋の中へ入った。

私も後に続いて部屋に入り、奏多さんの真似して持っているお盆を机の上に置く。それにしても奏多さんは何故この部屋に入ったのだろう。

「桜さん」

「はい」

名前を呼ばれて奏多さんの顔を見る。でも奏多さんに対する想いが複雑過ぎてすぐにパッと目を逸らしてしまった。

「やっぱり怒ってますか?」

何の事?と思いもう一度奏多さんの顔を見る。奏多さんは切なそうな表情で私を見ていた。

「怒るって……何の事ですか?」

恐る恐る聞く。奏多さんは少し沈黙した後私に近づき、私の長い髪を摘むように触る。

その妖艶した表情で私に触れる奏多さんの姿に、胸の鼓動が高鳴りっぱなしだ。
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