許されるなら一度だけ恋を…
「用がある訳じゃないんやけど、縁側に座って月を見上げてたら桜さんの事を思い出してな。そしたらなんや……桜さんの声を聞きとうなって」

電話越しに話す奏多さんの表情は分からないけど、話し方から優しい表情をしている奏多さんの姿が頭に浮かんだ。

「偶然ですね。私も今、月を見上げて奏多さんの事を思い出していました」

「ほんまに?それは凄い偶然やな」

奏多さんの声を聞きながら私はまた月を見上げる。嬉しさで私の少し表情は緩んでいた。

奏多さんと話をするのは二週間ぶり……私達は近況を話しつつ会話を楽しんだ。

「あっ、つい話し込んでしまったけど寝るところだったんちゃう?」

「いえ、さっき帰ってきたばかりなので全然大丈夫です」

「帰ってきたばかりって、どこか出掛けてたん?」

どうしよう。

今まで蒼志と飲みに行ってました……なんて、何となく言いづらい。別にやましい事なんて何もないけれども。

「は、はい。あの……仕事終わりにちょっと蒼志と飲みに行ってきました」

「蒼志君と?二人で?」

「は、はい。でもそんなにお酒は飲んでませんから」

慌てて言った私の言葉は言い訳しているような言い方になってしまった。そして何か少し奏多さんの声のトーンが変わった気がする。

少しの間、沈黙が続いた。
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