許されるなら一度だけ恋を…
想いを伝えたいけど
「おーい桜、ちょっといいか?」

「何?」

蒼志に呼ばれて私は奥の和室に移動する。告白された後の呉服屋勤務だけど、私も蒼志も何の変わりもなくいつも通りだ。

表面には感情を出さないようにしているけど……私自身、内心は動揺しまくってどうしていいか分からない。

蒼志と奏多さんの二人に告白されて、どう返事するのが正解なのか。

まさか私に恋愛で悩む日が来ようとは……。

今は仕事に現実逃避しよう。和室に入ると、女性物の淡い水色の薄物と呼ばれる着物が飾らせていた。

着物にも四季があり、7月8月の暑い時期には糸の密度を粗くして風通しをよくした布地で仕立てられた薄物を着用する。

ちなみに6月と9月には単衣(ひとえ)と呼ばれる着物を着用することが多い。

「夏っぽいだろ?今度はこっちを着てホームページ用の写真撮らせてくれよ」

「また?」

「前回ホームページに載せた桜色の(あわせ)着物の評判が良かったんだよ」

蒼志は手のひらを合わせて『頼む』とお願いポーズをしている。正直目立つのは好きではないけど、私なんかが役に立つのならと今回もモデルを引き受けた。

「サンキュー。着替え終わったら店の前で待ってろよ」

そう言って蒼志は和室から出て行った。

「水色かぁ。私には似合わないと思うけどな」

そんな事を思いながら淡い水色の薄物の着物に着替える。そして身だしなみを整えて店の前に移動した。

蒼志を待っている間、日に当たらないよう影の部分に隠れながら空を見上げる。今日は青空が広がり、白い雲が気持ち良さそうに青空を泳いでいた。
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