許されるなら一度だけ恋を…
浴室でシャワーを浴びながら、初めて桜さんと会った時の事を思い出していた。

俺が華月家で修行始めたのが確か一年くらい前だっただろうか。あの頃はまだ標準語に慣れず、話し方に苦戦してたっけ。

一年前ーー

「奏多、すまんがこの着物を柊木呉服店に持っていってくれないか?」

「はい、分かりました」

家元のお使いで近くにある馴染みという呉服屋に行く事になった。着物と一緒に渡された家元手書きの地図を見て場所を確認する。

「……全然分からんやん」

開いた地図には、ただ華月家から呉服屋までの道が書かれているだけで、目印となる建物などは書いてないし、どれくらいの距離なのかも分からない。

この辺りの土地勘のない俺にはこの地図が暗号に見えた。

家元に地図を見ても分からないなんて言いづらいし、とにかく歩いていればそれらしき看板でも出てくるかな。そう思ってとりあえず歩き始めた。

歩いているとたまに視線を感じる。京都ではそんなに目立たないけど、袷《あわせ》着物で歩くのはこの辺りでは珍しいのかも。

「あの……華月流の方ですか?」

声をかけられ、見ていた地図から視線を上げるとそこには若い女性が立っていた。

『綺麗な人やな』

それが第一印象、俺は思わず彼女をジッと見つめてしまった。
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