負けるもんか!
部屋の隅で(何で自分の部屋なのに)ジャージに着替え終わったとき
ラインの着信音が鳴った。
彼女からだ。電話じゃなくてよかった。薫から少し離れた場所に腰を
下ろして、俺は返事を打ち始める。他愛のない内容だけどなぜかほっと
する。しかしこんなときに薫がおとなしくしてるわけがなかった。
「ねえ、それ彼女から?彼女とはどんな話してるの」
携帯を俺から取り上げようとする薫。やめろって、とじたばたしてる
うちにすんなりと俺の腕の中に入ってきた。
「その子とはもうキスくらいした?」
「してないしてない、してないから」
「じゃあ響ちゃんはまだ私としかしてないんだ」
だからそんな近くで上目遣いで俺を見ないで下さいお願いしますお願い
します俺だって男なんです。
「ていうかこういうことは好きな男とするべきだと思うんですけどいか
がなもんでしょうか」
「そんな心配いらないよ、だって私響ちゃんのこと大好きだもん。
ていうかあの日の2回目のキスのとき、響ちゃんだって舌入れようとし」
うわいきなり何をいうんだ。俺は思わず薫の口元を手でふさいだ。
それはだから、俺だって男なんだから誘われたらカラダがそれなりの
反応をしてしまうわけです。だけど今の俺には彼女がいるんだし、
ここはもう堪えるしか道はないはずなんだ。そうだろ、俺?
「誰にも聞かれるわけないじゃない、今この家誰もいないんだから」
薫が笑う。まあそうなんだけどさ。それは俺の精神的焦りを意味して
いるんだよ。つーか今俺たちこの家に2人きりかよ。何だか確実に
泥沼にはまってく気がしてきた。
「響ちゃんは私のことが嫌いなの?」
「いやだからそういう問題じゃなくて、もっとこう」
今度は薫が俺の言葉を遮った。それも俺の理性を奪うのに十分な方法で。
1ヶ月ぶりの薫の唇はやっぱりあの時と同じで柔らかくて温かくて、
『面倒なことは全部忘れちゃおうよ』という薫のささやきはまるで
呪文のように俺の理性を支配する。俺の足の間にちょこんと座って
次の行為を待っている薫の腰に手を伸ばそうとしたそのとき、また
携帯が鳴った。彼女からだ。今度はラインじゃなく、電話だ。宙に
浮いた俺の右手と鳴り続ける携帯電話。でもその迷いも長くは続かない。
「…どっちにするの?」
鳴り続ける電子音の中で、俺は初めて自分から薫にキスをした。
南響平、この日からむやみに石川のことをバカとはいえなくなりました。