5歳の聖女は役立たずですか?~いいえ、過保護な冒険者様と最強チートで平和に無双しています!
 私はスモアと森で待機していた。今のところ、モンスターが現れる気配はない。きっとフレディががんばってくれているんだろう。
【安心しろメイ。もしモンスターが出てきてもオレが倒す】
 私の不安を少しでも軽減させるように、スモアが心強い言葉を投げかけてくれた。私だって魔法で戦えるし、大量に襲ってこない限りは大丈夫だ。それよりも今いちばん気になるのは――。
「大丈夫かなあ。マレユスさん」
 空はすっかりオレンジ色だ。そろそろカラスが商店街に現れる頃だろう。
 あの素早いカラスに魔法を命中させるのは簡単なことじゃない。マレユスさんが失敗するとこの作戦の成功率はぐんと下がるし、プレッシャーもあると思う。
 マレユスさんのことが気になりそわそわしていると、町のほうから大きな音が聞こえ、空に白い煙が舞い上がっているのが見えた。あれは、無事に作戦が成功したという合図だ。
「やった! マレユスさん!」
 おもわず歓喜の声を上げ、ガッツポーズで飛び跳ねた。マレユスさんに心配は不要だったみたい。それにしても、完璧に有言実行したマレユスさん、かっこよすぎる! 私の師匠を選ぶ目に狂いはなかった。
 今度は私たちが、マレユスさんが繋いでくれたバトンを受け取る番だ。
【メイ、すぐに走り出せるよう、オレの背中に乗っておけ!】
【うん! お、お邪魔します】
【ふっ。なんだそのかしこまった言い方は】
 緊張が走る状況なのに、スモアに笑われてしまった。背中に抱き着いたことはあっても、乗っかるのは初めてだ。
「よいしょ……っと!」
 背中に乗ると、お尻がもふもふした感触に包まれた。新感覚の気持ちよさに感動していると、カラスがこちらのほうに飛んできているのが見えた。
「いた! カラス!」
 相変わらずものすごい早さではあるが、スロウの魔法が効いているのか、昨日見た時よりも動きは遅い。
 あっという間にカラスは私たちの頭上を通り過ぎる。その瞬間、スモアもカラスに負けず劣らないスピードで走り始めた。
「わっ! わわっ!」
【メイを落とすようなことはしない! でも怖かったらオレにしがみついていろ!】
 そう言われ、私はすぐさまスモアにしがみついた。なんだこれ。どんな絶叫マシーンよりも怖いんですが。
【カラスの位置をオレに教えてくれ!】
【そうだった! えっと、今はそのまままっすぐ!】
【了解】
 いけない。怖がっていないで、ちゃんとカラスを見ておかないと。
 スモアは邪魔な木々たちも難なくすり抜け、カラスに距離を離されないよう走り続けている。
 私もスモアの頑張りに答えるように、必死にカラスを追い続けた。あきらめずに追いかけっこをした結果――私たちは、カラスの住処を突き止めることに成功した。
 カラスが降りた先には、小さな洞穴があった。
 少し離れたところから、私たちはカラスを捕獲できるタイミングを伺う。
 カラスが持ち帰った袋をくちばしで開けると、中からりんごやオレンジがごろごろと出てきた。あの野郎、また果物ばかり狙って!
【スモア、カラスが食事している最中を狙おう。食事中は気が緩んでると思うから】
【ああ、そうしよう】
 スモアと計画を立て、タイミングを見定める。
 カラスはりんごを鋭いくちばしでつつき、細かいサイズに刻んでいる。どうしてそんな手間のかかることをしているのか。
不思議に思いしばらくカラスの動向を見ていると、洞穴から子猫の鳴き声が聞こえた。
 ――猫? 猫が一緒にいるの? 
 カラスは刻んだりんごを、自分ではなく子猫に食べさせていた。ほかの果物も、子猫が食べやすいサイズにしてから与えている。
【あいつは猫を気にしている。今なら簡単に捕まえられそうだがどうする?】
【え? あ、そうだね。一回近づいてみよっか】
 〝捕まえちゃおう!〟とは、なぜか言えなかった。
 洞穴に近づいてみたが、カラスは私たちのことなど気にも留めず子猫ばかりを見ている。逃げる様子もなさそうだ。
【メイ、見てみろ。あの子猫、足が不自由みたいだ】
【……本当だ】
 子猫を見ると、足を怪我してうまく歩けないようだった。
【あのカラス、動けないあの子のために食べ物を運んでいたのかな】
【その可能性は大いにある】
 そうなると、ただの泥棒だと思っていたのに見る目が変わってしまう。
 盗みは悪いことだ。現に、青果屋のお兄さんは大きな被害にあっている。許していいことではない。
だけどこんな裏事情を知ってしまうと、カラスを捕まえたあとのことが怖くなった。もし殺されたりでもしたら……。考えるだけで、胸が痛い。
 私がカラスをテイムできたらそんなことはなくなるだろうけど、スモアの時みたいに自然と声が聞こえてくることもないし、どうやればいいかわからないのだ。
力の差を見せつけたり、助けたりすることで従魔にできるっていうのは聞いたけど、むやみに傷つけるようなことはしたくない。
 ――話せなくても、私の声を聞くことはできるかな。
 もう二度と盗みをしなければ、これ以上の被害は防げるし、商人の怒りも時間が解決してくれないだろうか。
「カラスさん。私の声、聞こえる?」
 私は洞穴の入り口まで行くと、カラスに話しかけた。
 カラスは果物をつつくのをやめ、私のほうをじっと見つめたまま動かなくなった。
「あのね、あなたに言いたいことがあるの。この果物は売り物だから、欲しかったらちゃんと〝ください〟って言わなきゃ。それで対価を払うの。勝手に持っていくのはだめ。わかった?」
 問いかけても、カラスはうんともすんともいわない。しかし、私は構わず話続ける。
「あなたを捕まえるよう依頼がきてるけど、今日は見逃してあげる。これは忠告だからね。もう商店街で盗みをしたらだめだよ」
「……?」
 話し終えると、カラスは無言のまま首を傾げた。伝わってればいいけど、この反応を見るに伝わってなさそうな気がする。
【行こう。スモア】
【……捕まえなくていいのか?】
【うん。もう住処はわかったし、捕まえようと思ったらいつでも捕まえられるでしょう? このカラス、逃げたりしなさそうだもん】
【オレはどんな時もメイの行動に従う。また背中に乗れ。町に戻ろう】
 あの絶叫マシーン気分をもう一度味わうことになるのかと思いつつ、スモアの背中に乗ろうとすると――。
「対価って、なに?」
 突然、誰かの声が聞こえた。
【今しゃべったの、スモア?】
【いいや。オレじゃない】
 だとしたら一体誰? 私の聞き間違いだろうか。
「ねぇ、対価ってなに?」
 違う。はっきりと聞こえる。しかも、頭の中じゃなくて私の背中に直接話しかけてくる声だ。
 まさかと思い、声がしたほうを振り返ると――そこには驚くべき光景があった。
「だだだ、誰っ!?」
 さっきまでカラスのいた場所に、見たことのない美青年がいたのだ。
 長い黒髪を後ろで結わえ、同じくらい黒い瞳でこちらをまっすぐに見据えている。体は細く、でも腹筋には縦線がきれいに入っていて――ん? どうしてこんなに肌色が見えるのだろう。
「きゃああああっ!」
 目線が下半身に行く前に、私は謎の美青年から思い切り顔を逸らして叫んだ。
「ど、どうして服を着ていないのっ!」
「え? ……ああ。最後に魔物化した時裸だったの忘れてた。でも服着るのめんどくさいな……。この格好じゃだめ?」
「だめに決まってるでしょう! さっさと服を着て!」
「仕方ないなぁ。あー、めんど……」
 両手で顔を覆っていると、美青年がごそごそと着替えている音が聞こえた。
 ちらりと指の隙間から様子を覗くと、黒いシャツと黒いズボンをちょうど履き終わっていたので、私はやっと冷静に美青年を見ることができた。……カラスのように黒ずくめだ。
【カラスの正体はあの男だったということか】
 スモアが呟く。私もスモアと同じことを思っていた。というか、そうでなければこの状況に辻褄が合わない。
「で、対価ってなんのこと?」
 何度も同じことを聞いて来る美青年。今は対価がなにかを教えるより、こちらの質問に答えてもらうのが先だ。
「その前にあなたに聞きたいんだけど、あなたはさっきまでここにいたカラスだよね? 名前はなんていうの?」
「名前はルカ。そうだよ。といっても、人間の姿のほうがレアだけど」 
 黒ずくめ美青年の名前はルカというらしい。気だるげな話し方をする、ミステリアスな雰囲気のこれまたイケメンだ。
「てことは、カラスの姿が本体で、今は人型になってるってこと?」
「ううん。逆。俺は魔物化能力を持った人間。半分魔物みたいなものだけど。カラスになってるほうが楽だから、最近はほとんどカラスで過ごしてた」
 この世界には魔物になれる人間もいるなんて、ファンタジー世界は奥が深い。
【だからメイが声を聞こうとしても無理だったのか。本体が人間なら、テイム能力は効かないからな】
 スモアが納得したように言った。単に私の能力値が低かったせいもあるが、そういった理由もあったのか。
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