5歳の聖女は役立たずですか?~いいえ、過保護な冒険者様と最強チートで平和に無双しています!
「……フレディ?」
 フレディが、苦しそうに呻いている声だ。
 私はハッとして、伸ばしていた手を引っ込める。
 そうだ。私、本来の目的を忘れていた。私がここに来たのは、フレディを見つけるためだ。見つけたらふたり一緒に、みんなのところに帰るって約束したじゃない。
「ごめん。私、行かないと」
『どこに行くの?』
「仲間のところ。すごく苦しそうなの。……大事な人だから、私が助けてあげないと」
 芽衣子は言っていた。〝ここは後悔の部屋。深い後悔を抱えた人間だけが入れる場所〟だって。
 だとしたら、フレディもこうして今、自分の後悔と向き合いながら、苦しんでいるのかもしれない。
フレディがひとりで乗り越えられないほど重い過去を背負っていたのだとしたら……私がその過去から救い出してあげないと。姿は見えないのに声がはっきり聞こえるということは、フレディは必死に助けを求めているからだと私は思った。彼のところへ行かないと。そのために私は自分ひとりで、後悔と決別しなければ。
 フレディの声が聞こえたことで、私は完全に吹っ切れた。自分が今すべきことも、この先どうしていきたいのかも答えは決まった。だから私は、芽衣子の手を取ることはできない。
『自分自身をまた置いてけぼりにするの? 私より、その人が大事なの?』
「どっちも大事だよ。それに私――もう、芽衣子としての後悔はなくなった」
『……え?』
「ここであなたと話して、過去を思い出す時間をくれたと同時に、過去を清算することができた。芽衣子としてやりたいことはたくさんあったけど……私、ここで行かなきゃ今よりずっと後悔する。ここで追いかけないと二度とフレディに会えない気がするの。そうなったら一生後悔する。これから先は、後悔のない人生を送りたいから……。今まで私の中に会った後悔は、今日ここに置いて行く」
 私は、自分で蓋をし続けた深い後悔と決着をつけることにした。 
「私はもう神山芽衣子じゃない。メイなの。メイとして、この世界で生きていくの」
 はっきりとそう告げると、芽衣子は差し出した手をぶらりと下げた。
『そう。じゃあ私とはここで本当にお別れね』
「そんなことない。これからも一緒だよ」
『一緒? あなたはメイを選んだ。芽衣子はこの世からいなくなる』
「ちがう。私は芽衣子としての記憶があるもの。だから、芽衣子としての私が消えることはない。芽衣子はずっと私の中に居続けるよ」
『私があなたの中で?』
「うん。だからあなたはもう、頑張らなくていいの」
 私は前世でいちばんほしかった言葉を、芽衣子に投げかけた
「よく頑張ったね芽衣子。ゆっくり休んでね」
 芽衣子の目が見開かれ、ガラス玉のような瞳に光が灯った。
『……ありがとう』
芽衣子は私を見てふっと笑うと、そのまま消えていった。……私、笑うと案外かわいかったんだなぁ。
「バイバイ、芽衣子」
 これからも一緒だけど、もう二度とこうして会うことはないだろう。こんな形だったけど最後に会えてよかった。……なんか、心が軽くなった気がする。私、ちゃんと自分の中の後悔をなくせたんだ。
「あっ! 出口がどこにあるか聞いておけばよかった!」
 芽衣子がこの部屋が作り出したものだとしたら、出口を知っていてもおかしくなかったのに。もったいないことをしてしまった。
 スモアが「空間のひずみに取り込まれて」みたいなことを言っていた気がする。よくわからないが、長い間この場所にいないほうがいいのはたしかだ。
「うっ……ああああ!」
 またフレディの叫び声が聞こえた。まるでひどい悪夢にうなされているようだ。
 私は声がするほうへ必死に走った。小さな足を一生懸命動かして、息を切らしながら走り続けた。
 すると数メートル先に、膝をつき頭を抱えているフレディの姿をようやく見つけることができた。
「フレディ!」
 名前を叫ぶ。だけど、フレディは私に気づかない。
「あ、ああ……俺は、俺は」
 うなされているかと思ったら、今度は小声でボソボソとなにか言っている。
「フレディ、大丈夫?」
 近寄り顔を覗き込むと、フレディは真っ青な顔をしていた。冷や汗がダラダラと垂れていて、事態が深刻だということは一目でわかった。私の声も、彼の耳には届いていないようだ。
「許してくれ。俺が悪かったんだ……俺が、守れなかったから……」
 フレディは地面に頭をつけて、ずっと謝り続けている。
トラウマを克服してからは、明るくて優しいフレディしか見てこなかった。今のフレディは、初めて会った時よりももっと痛ましい。
「わかってるんだ。俺のせいだ……」
 ひたすら自分を責めながら、フレディは誰かに謝り続けている。
「フレディ、目を覚まして……っ!」
 私が腕を掴むと、フレディに思い切り振り払われてしまった。あまりの力強さに、幼児の私はそのまま地面に打ち付けられた。
 体がじんじんする。走ったせいで、体力もかなり消耗した。
 だけど……私なんかよりフレディのほうが、ずっと苦しくて痛そうだ。
 ――フレディ、いったい過去になにがあったの? 今、どれだけ深い〝後悔〟と向き合っているの?
 私には、フレディの後悔を見ることができない。過去になにがあったかも知る術はない。
 今の私にできることは、ただ名前を呼び続けることだけ。後悔にのまれないように、苦しみの世界から呼び戻してあげるために。
 フレディに私の声が届くまで、ずっと呼び続ける。あきらめたりはしない。 
 彼が受けた傷はどんなものだって、私が癒してあげるんだから。
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