5歳の聖女は役立たずですか?~いいえ、過保護な冒険者様と最強チートで平和に無双しています!
エピローグ
夢を見た。この世界にきて、初めて見る夢。
夢の中で、私は芽衣子だった。芽衣子に会ったから、こんな夢を見ているのかな。
自分のことに必死で、とにかく周りを気にする余裕などなかった私。学校でも、バイト先でも、社会人になってからも――信用できる仲間なんて、ひとりもいなかったころの私だ。
そんな私に、誰かが手を差し伸べてくれている。誰? 見上げても、あまりに眩しくて顔が見えない。指先だけ触れてみると、その手はとても暖かかった。フレディかな? ミランダさん? それとも――私を憐れんだ、神様の手だったりして。
【メイ、起きろ! もうとっくに、昼の十二時を回っているぞ】
【えっ! もうそんな時間!?】
スモアの声によって、私は夢から目覚めた。
壁に吊るされた時計に目をやると、言われた通り十二時を指している。小窓から外を覗けば、青い空と照りつく太陽が見えた。
【メイが寝坊するなんてめずらしいな。余程、昨日の疲れが溜まっていたのだろうな】
【うー。やらかした。……寝坊しても、誰にも怒られない世界でよかった。昔は一分でも遅刻したら上司に怒られて……】
【なんの話だ?】
【あ、ううん! なんでもない】
夢の中で働いていたせいか、おもわず前世の話を口走ってしまった。
【そういえば昨日、夜中にごそごそと動いてなかったか?】
スモアに聞かれ、私は眠りにつく――いや、気絶する前と言ったほうが正しいのかもしれない。とにかく、意識をなくす直前のことを思い出した。
――私の背中に、星模様がしっかりと浮かんでいたあの光景を。
スモアには言ったほうがいいのだろうか。スモアと会話できるのは私だけだし、バラされる心配はない。
【え、えっと……】
口をつぐむ私を見て、スモアが首を傾げる。
私は自分が真聖女だということを、できることなら周りに知られたくないと思っていた。
真聖女がすごい存在だってことは、ミランダさんに聞いて理解している。だからこそ、絶対にバレたくないのだ。
だって真聖女と周りに認知されると――私の夢が叶わなくなる!
田舎の小さな村で、スローライフを過ごすっていう夢が!
真聖女が田舎で暮らすなんて、偉い人たちがきっと許してくれなそうだ。私はミランダさんのように王都で祈りを捧げ、聖女として生涯を全うする道以外なくなるだろう。
それが世のため人のためなのはわかっている。私の真聖女としての能力が必要な時があれば、必ず協力もする。でも――わずか七歳で、その役目はまだ負いたくない。もうちょっとだけ、私に自由な暮らしを楽しませてほしい。願うことなら、何年かだけでもスローライフを送らせてほしい。
そもそも真聖女がいなくても国は成り立っているのだから、このまま雲隠れしていても問題ないのでは? なんて考えが頭をよぎったりもした。
――やっぱり、今は黙っておこう。私の勘違いの可能性だってある。たまたまほくろが星模様だったっていう可能性も捨てきれないし。
【メイ? 具合でも悪いのか?】
スモアはじぃっと私を見つめる。この瞳にはすべてを見透かされそうで、嘘がつけない気がしてきた。
【あ、あのね。スモア……】
スモアには話しておこう。大丈夫。スモアはどんな時でも私の思いを尊重してくれるだろう。
「メイ! 起きたかー!? ご飯できてるぞー」
そう思った矢先に、階段下からフレディの陽気な声がした。
【寝起きのメイには、耳障りなうるささだな】
【そんなこと言ったらだめでしょ。というかご飯って……まさかフレディが作ったの?】
考えるだけで顔が青ざめる。以前も言ったことがあるが、フレディは料理どころか家事のセンスが抜群にない。
【心配無用だ。あいつに作らせるわけにはいかないから、オレがフレディの動きを制御しておいた。その隙にマレユスが全部やってくれたぞ】
【マレユスさんが……。あ、そっか。昨日みんなここに泊まったんだっけ】
【ああ。あいつらも起きたのはメイより少し前くらいだ。だいぶ酒を飲んでいたからな】
たわいもない会話をしながら梯子を降りていると、おいしそうなにおいが鼻を掠めた。
「おはよう! メイ」
「メイ、おはようございます」
「おはよー。メイ、俺よりもねぼすけじゃん」
テーブルにはご飯が用意されていて、みんなが私に声をかけてくる。
いつもの顔ぶれ。いつもの日常。それなのに、この湧き上がるような幸福感はなんだろう。
――夢の中では仲間がいなかった。でも、目が覚めると私には仲間がいる。
みんなの顔を見て、改めてそれを実感した。
「メイ、早くこっちにおいで」
ぼーっと立ったままの私に、フレディが優しく声をかけてくれた。
我に返り、椅子に腰かける。みんなと一緒に食べるご飯は、いつもの何倍も美味しく感じた。……単にマレユスさんが料理上手なだけかもしれないが。
遅めの朝食兼、昼食を終えると、私たちは迷宮の瓦礫処理へと向かった。昨日、マスターに報告をしに行った際に、ついでに頼まれた依頼だ。
迷宮が破壊されたことは、ギルド内で既に噂になっているみたい。瓦礫の中に潜んだ宝を見つけるために、大勢の冒険者が瓦礫漁りに駆け付けているようだ。私たちはそんな冒険者同士のトラブル防止もかねて、様子を見にいくというわけだ。
全員で町を歩いていると、さすがに目立つようで視線が痛い。特にSランクとなったフレディは、今やこの町の時の人である。
フレディと最初に出会ってから数か月。私はフレディに対する人たちの視線をずっと隣で見てきた。
あんなに冷めきっていた視線は、今や憧れの眼差しに変わっている。彼が認められたことが、私もすごくうれしい。フレディは、周りの視線など今も気にも留めていないけど。
「おお! お前たち、瓦礫処理に行くのか?」
「メイちゃん、こんにちは」
「マスター! ミランダさんも!」
歩いている途中、ギルドへ向かう最中であろうふたりに出くわした。
「いやぁ。フレディがSランクになったと聞いて、ギルド内は大盛り上がりだよ。お前たちに奮起されて、ギルドは立ち上げ以降いちばん活気づいてる。感謝してるよ。それにしても……」
マスターは感謝の意を述べたあと、感慨深そうに私たちを眺めた。
「はみ出しものだったお前たちがこんなに大きくなって……俺はうれしいぞ! よかったなぁ。いい仲間に出会えて……」
涙声になりながら、マスターは目元を手で押さえる.
「ちょっとマスター。その言い方は失礼でしょう?」
「あっ、いや! メイちゃんははみ出しものなんかじゃないぞ! 大体、ここにいるメンバーを揃えた張本人はメイちゃんだからな。メイちゃんがいちばんの功労者だ!」
そんなマスターにミランダさんが注意をするが、言い直しても私以外には失礼なことには変わりなかった。しかし、喜んでいる気持ちは本心だろう。
「メイちゃん、フレディ、マレユス、スモア、ルカ。お前たちは、俺が今まで見てきたなかで最強のパーティーだ! これからも末永く、冒険者として活動してくれ! お前たちの活躍を、俺もみんなも楽しみにしているからな!」
親指をグッと立て、マスターは私たちに声援を送った。
いつのまにか周囲には人が集まっていて、見物者たちからなぜか拍手を送られている。みんなの顔色をこっそり窺うと――スモアも含め全員、満更でもない顔をしていた。
「私も、メイちゃんの聖女をしての成長を楽しみにしているわ」
私はぎくりとし、おもわず背中を押さえた。
「……どうしたの?」
「あっ! ううん! 背中が痒かっただけ!」
この星模様も、私の正体も――今は胸に秘めておこう。平凡な日常を送るために。いつかその時が来たら言えばいい。みんな、びっくりするだろうなぁ……。
ついでにこんなに期待されている状況で、お金が貯まり次第ギルドを退会し、さっさと村に移住しようと思っているなど到底言えるはずもない。
私がパーティーを抜けると言ったら、みんなあっさり許してくれるだろうか。
顔を上げると、仲間全員が私のことを見ていた。
「これからも一緒にがんばろうな! メイ」
「いつでも僕が、あなたに魔法を教えてさしあげますからね」
「俺もこの町気に入ったし、ずっといてもいいかなぁ。もちろんメイも一緒だよね?」
【オレはメイに、生涯着いて行くと決めている】
スモアは私が行くところならどこでもいいって言いそうだけど……うん。あとの三人は絶対許してくれない気がする。
前から思ってたけど、みんな私の世話を焼きすぎ! でもそれは、私がまだ幼いからこんなに過保護にされているだけのこと。
私が大人になれば、みんな今ほど構わなくなって、自由にさせてくれるだろう。だから――。
「ありがとう。みんな!」
今は我慢してあげよう。
そして自由になる前に、この構われすぎて不自由な環境を、思い切り楽しもうと思うのだった。
END
夢の中で、私は芽衣子だった。芽衣子に会ったから、こんな夢を見ているのかな。
自分のことに必死で、とにかく周りを気にする余裕などなかった私。学校でも、バイト先でも、社会人になってからも――信用できる仲間なんて、ひとりもいなかったころの私だ。
そんな私に、誰かが手を差し伸べてくれている。誰? 見上げても、あまりに眩しくて顔が見えない。指先だけ触れてみると、その手はとても暖かかった。フレディかな? ミランダさん? それとも――私を憐れんだ、神様の手だったりして。
【メイ、起きろ! もうとっくに、昼の十二時を回っているぞ】
【えっ! もうそんな時間!?】
スモアの声によって、私は夢から目覚めた。
壁に吊るされた時計に目をやると、言われた通り十二時を指している。小窓から外を覗けば、青い空と照りつく太陽が見えた。
【メイが寝坊するなんてめずらしいな。余程、昨日の疲れが溜まっていたのだろうな】
【うー。やらかした。……寝坊しても、誰にも怒られない世界でよかった。昔は一分でも遅刻したら上司に怒られて……】
【なんの話だ?】
【あ、ううん! なんでもない】
夢の中で働いていたせいか、おもわず前世の話を口走ってしまった。
【そういえば昨日、夜中にごそごそと動いてなかったか?】
スモアに聞かれ、私は眠りにつく――いや、気絶する前と言ったほうが正しいのかもしれない。とにかく、意識をなくす直前のことを思い出した。
――私の背中に、星模様がしっかりと浮かんでいたあの光景を。
スモアには言ったほうがいいのだろうか。スモアと会話できるのは私だけだし、バラされる心配はない。
【え、えっと……】
口をつぐむ私を見て、スモアが首を傾げる。
私は自分が真聖女だということを、できることなら周りに知られたくないと思っていた。
真聖女がすごい存在だってことは、ミランダさんに聞いて理解している。だからこそ、絶対にバレたくないのだ。
だって真聖女と周りに認知されると――私の夢が叶わなくなる!
田舎の小さな村で、スローライフを過ごすっていう夢が!
真聖女が田舎で暮らすなんて、偉い人たちがきっと許してくれなそうだ。私はミランダさんのように王都で祈りを捧げ、聖女として生涯を全うする道以外なくなるだろう。
それが世のため人のためなのはわかっている。私の真聖女としての能力が必要な時があれば、必ず協力もする。でも――わずか七歳で、その役目はまだ負いたくない。もうちょっとだけ、私に自由な暮らしを楽しませてほしい。願うことなら、何年かだけでもスローライフを送らせてほしい。
そもそも真聖女がいなくても国は成り立っているのだから、このまま雲隠れしていても問題ないのでは? なんて考えが頭をよぎったりもした。
――やっぱり、今は黙っておこう。私の勘違いの可能性だってある。たまたまほくろが星模様だったっていう可能性も捨てきれないし。
【メイ? 具合でも悪いのか?】
スモアはじぃっと私を見つめる。この瞳にはすべてを見透かされそうで、嘘がつけない気がしてきた。
【あ、あのね。スモア……】
スモアには話しておこう。大丈夫。スモアはどんな時でも私の思いを尊重してくれるだろう。
「メイ! 起きたかー!? ご飯できてるぞー」
そう思った矢先に、階段下からフレディの陽気な声がした。
【寝起きのメイには、耳障りなうるささだな】
【そんなこと言ったらだめでしょ。というかご飯って……まさかフレディが作ったの?】
考えるだけで顔が青ざめる。以前も言ったことがあるが、フレディは料理どころか家事のセンスが抜群にない。
【心配無用だ。あいつに作らせるわけにはいかないから、オレがフレディの動きを制御しておいた。その隙にマレユスが全部やってくれたぞ】
【マレユスさんが……。あ、そっか。昨日みんなここに泊まったんだっけ】
【ああ。あいつらも起きたのはメイより少し前くらいだ。だいぶ酒を飲んでいたからな】
たわいもない会話をしながら梯子を降りていると、おいしそうなにおいが鼻を掠めた。
「おはよう! メイ」
「メイ、おはようございます」
「おはよー。メイ、俺よりもねぼすけじゃん」
テーブルにはご飯が用意されていて、みんなが私に声をかけてくる。
いつもの顔ぶれ。いつもの日常。それなのに、この湧き上がるような幸福感はなんだろう。
――夢の中では仲間がいなかった。でも、目が覚めると私には仲間がいる。
みんなの顔を見て、改めてそれを実感した。
「メイ、早くこっちにおいで」
ぼーっと立ったままの私に、フレディが優しく声をかけてくれた。
我に返り、椅子に腰かける。みんなと一緒に食べるご飯は、いつもの何倍も美味しく感じた。……単にマレユスさんが料理上手なだけかもしれないが。
遅めの朝食兼、昼食を終えると、私たちは迷宮の瓦礫処理へと向かった。昨日、マスターに報告をしに行った際に、ついでに頼まれた依頼だ。
迷宮が破壊されたことは、ギルド内で既に噂になっているみたい。瓦礫の中に潜んだ宝を見つけるために、大勢の冒険者が瓦礫漁りに駆け付けているようだ。私たちはそんな冒険者同士のトラブル防止もかねて、様子を見にいくというわけだ。
全員で町を歩いていると、さすがに目立つようで視線が痛い。特にSランクとなったフレディは、今やこの町の時の人である。
フレディと最初に出会ってから数か月。私はフレディに対する人たちの視線をずっと隣で見てきた。
あんなに冷めきっていた視線は、今や憧れの眼差しに変わっている。彼が認められたことが、私もすごくうれしい。フレディは、周りの視線など今も気にも留めていないけど。
「おお! お前たち、瓦礫処理に行くのか?」
「メイちゃん、こんにちは」
「マスター! ミランダさんも!」
歩いている途中、ギルドへ向かう最中であろうふたりに出くわした。
「いやぁ。フレディがSランクになったと聞いて、ギルド内は大盛り上がりだよ。お前たちに奮起されて、ギルドは立ち上げ以降いちばん活気づいてる。感謝してるよ。それにしても……」
マスターは感謝の意を述べたあと、感慨深そうに私たちを眺めた。
「はみ出しものだったお前たちがこんなに大きくなって……俺はうれしいぞ! よかったなぁ。いい仲間に出会えて……」
涙声になりながら、マスターは目元を手で押さえる.
「ちょっとマスター。その言い方は失礼でしょう?」
「あっ、いや! メイちゃんははみ出しものなんかじゃないぞ! 大体、ここにいるメンバーを揃えた張本人はメイちゃんだからな。メイちゃんがいちばんの功労者だ!」
そんなマスターにミランダさんが注意をするが、言い直しても私以外には失礼なことには変わりなかった。しかし、喜んでいる気持ちは本心だろう。
「メイちゃん、フレディ、マレユス、スモア、ルカ。お前たちは、俺が今まで見てきたなかで最強のパーティーだ! これからも末永く、冒険者として活動してくれ! お前たちの活躍を、俺もみんなも楽しみにしているからな!」
親指をグッと立て、マスターは私たちに声援を送った。
いつのまにか周囲には人が集まっていて、見物者たちからなぜか拍手を送られている。みんなの顔色をこっそり窺うと――スモアも含め全員、満更でもない顔をしていた。
「私も、メイちゃんの聖女をしての成長を楽しみにしているわ」
私はぎくりとし、おもわず背中を押さえた。
「……どうしたの?」
「あっ! ううん! 背中が痒かっただけ!」
この星模様も、私の正体も――今は胸に秘めておこう。平凡な日常を送るために。いつかその時が来たら言えばいい。みんな、びっくりするだろうなぁ……。
ついでにこんなに期待されている状況で、お金が貯まり次第ギルドを退会し、さっさと村に移住しようと思っているなど到底言えるはずもない。
私がパーティーを抜けると言ったら、みんなあっさり許してくれるだろうか。
顔を上げると、仲間全員が私のことを見ていた。
「これからも一緒にがんばろうな! メイ」
「いつでも僕が、あなたに魔法を教えてさしあげますからね」
「俺もこの町気に入ったし、ずっといてもいいかなぁ。もちろんメイも一緒だよね?」
【オレはメイに、生涯着いて行くと決めている】
スモアは私が行くところならどこでもいいって言いそうだけど……うん。あとの三人は絶対許してくれない気がする。
前から思ってたけど、みんな私の世話を焼きすぎ! でもそれは、私がまだ幼いからこんなに過保護にされているだけのこと。
私が大人になれば、みんな今ほど構わなくなって、自由にさせてくれるだろう。だから――。
「ありがとう。みんな!」
今は我慢してあげよう。
そして自由になる前に、この構われすぎて不自由な環境を、思い切り楽しもうと思うのだった。
END