5歳の聖女は役立たずですか?~いいえ、過保護な冒険者様と最強チートで平和に無双しています!
「へっ?」
「こんな小さな傷も治せねぇやつが、真聖女なわけない。あーあ! 見ず知らずのガキに優しくして損したぜ」
「え、えーっと」
しんせいじょ? ってなに? それよりも、この人は本当にグレッグさんなの?
あまりの態度の豹変っぷりに、私の頭は混乱する。
「メイちゃんは真聖女の特徴といわれる金色の瞳ってのが当てはまってただけかぁ。ま、金色の瞳なんて珍しいけど普通にいるしな」
「グレッグ、一応背中のしるしを確認しておかないでいいの?」
「する価値もねぇよ。これ以上こいつに関わっても時間の無駄だ」
三人が目の前で繰り広げる会話の内容が、まったく理解できない。
ひとつだけわかったことは――三人の私を見る目が、とても冷たくなったということ。
「メイ、お前、たった今からパーティー追放な」
そしてそんな彼らから告げられたのは、視線と同じくらい冷たい一言だった。
「つっ、ついほう?」
「そう。もう俺らの仲間じゃなくなるってこと。だから当然、面倒を見てやる義理もない。この先住む家や食う飯は、またがんばって新しく見つけてくれ」
「どうしてそんな急に……! さっきまで、あんなに優しかったのに……」
「なんの力もないお前は、ただの足手まといのガキだろ。優しくしてやる理由がねぇんだよ!」
べーっと舌を出し、極悪人のような顔をするグレッグさんを見て私は固まった。チャドさんとコーリーさんもまったく助けようとしない。
……ああ、これが三人の本性だったんだ。
わかった瞬間、とてつもない絶望感が襲ってきた。全身の力が抜け、その場にへたりと座り込む。
「さてと。もうここに用はないし、さっさと町に戻るぞ」
そんな私のことなどどうでもいいように、三人は私を置いてどんどん歩き出してしまう。
追いかけないと。私ひとりじゃ、帰り道がわからない。それに、もしモンスターに遭遇でもしたら倒せる術もない。
必死に立ち上がろうとするが、信頼していた人たちの裏切りがあまりにもショックで、体が言うことをきかない。足は震えてもつれるし、声を出そうとしてもうまく出てこない。
その時、一度も振り返らなかったグレッグさんがこちらを振り向いた。
もしかして、やっぱり私を心配してくれたのかな。淡い期待を抱き、希望の眼差しをグレッグさんに向けると、グレッグさんは満面の笑みでこう言った。
「じゃあな。メイ」
「……っ!」
それから三人がこちらを振り返ることは一度もなかった。
三人からしたら、私がここでどうなろうが知ったことではないのだ。
突然森に現れた身元不明のひとりの幼女が消えたところで、誰も気づかないだろう。今の時点で私の存在を知っている人なんて、ほとんどいないに等しいのだから。
「私が、魔法を使えなかったから……」
役立たずだったから、追放された。
でも、これでよかったのかもしれない。こんな絶望的な状況で、私はふとそう思った。
だってうまく魔法を使えてたら、三人の本性に気づかずずっといいように使われていただけだもの。
強者に逆らえず、弱者は言うことを聞いて働かされる。そんな人生、前世の私とちっとも変わらない。
先ほどのグレッグさんの傷だって、実際治したい気持ちなんてひとつもなかった。
……人を傷つけてできた傷を癒したいなんて、私には思えなかったから。
すっかりと三人の姿は見えなくなり、この場に残されたのは私と――グレッグさんに殴られて倒れこんだ銀髪さんだけ。
よく見ると、銀髪さんはモンスターから受けた傷もいくつか見受けられた。今はだるそうに、木にもたれかかり項垂れている。
やっということを聞くようになった足で、私は彼のもとへ駆け寄った。
顔を覗き込むと、グレッグさんに殴られた頬は痛々しく赤みを帯びている。
私は手を伸ばし、頬の傷にそっと触れた。彼の傷を治したかったのだ。
銀髪さんは驚いた顔で私を見つめる。近くで見る彼の顔は、傷があってもとても綺麗だった。そしてなにより――私を見るその青い瞳は、とても優しく感じられた。
何度も試したみたものの、やっぱり魔法は発動しなかった。私はただ、小さな手で傷を撫でることしかできずにいた。
――これじゃあ本当にただの役立たずだ。
「……せめて心の傷だけても、私が癒せたらいいのに」
情けなくて、ぽつりとそんなことを漏らしてしまう。私がそう言うと、銀髪さんの瞳が揺れた。
グレッグさんが言っていたことが本当なら、彼は今までひとりぼっちで、たくさん陰口を叩かれ嫌な思いをしてきただろう。グレッグさんに殴られた時だって、体と同時に心も痛めたはずだ、と私は勝手に思っていた。
「なにもしてあげられなくて、ごめんなさい」
無力なことも、裏切られたことも、自分の馬鹿さも全部が悔しい。
悔しくて、涙が溢れそうになってくるのをぐっとこらえながら、私は銀髪さんに謝った。
そして、これ以上私がここにいても足手まといになるだけだと思い、そっとその場を後にした。
銀髪さんに頼んで一緒に森を出ることも考えたけど……。彼からしてみれば、私は自分に危害を加えたグレッグさんの仲間だったわけで。そんな都合のいいことを頼むのは、筋違いだと思った。
己の記憶力を信じ、ひとりでなんとかするしかない。
森を歩きながら、あっさりと三人を信用した自分の見る目のなさに大きなため息を吐いていると――なんだか不穏な空気を察し、歩みを止めた。
茂みから、ガサガサとなにかが動いている音が聞こえる。そちらに目をやった瞬間、モンスターが飛び出してきた。
「きゃあっ!」
間一髪のところで除け、私はのけ反った衝動で後ろに尻餅をつく。現れたモンスターは、さっきのブラックウルフと同じ形をしているが、サイズがかなり大きい。
しかも、あきらかに興奮しており、鼻息を荒くしながら牙を剥き出しにしている。その様子は怒っているようにしか見えない。
……これって、親ボスってやつ?
さっき倒したブラックルフの親だったとしたら――かなりピンチだ。
私は戦い方もわからないし、魔法も使えない。つまり、絶体絶命だ。
迫りくる狂暴なモンスターを前に、あまりの恐怖に腰が抜け、逃げることもままならない。
親ウルフは大きく口を開けたまま、私めがけて飛びかかって来た。
せっかく人生やり直せると思ったのに、もう終わっちゃうなんて。
後悔でいっぱいのなか、目をぎゅっと瞑ると――次に目を開けた時には、私は誰かの腕の中にいた。
「ぎんぱつ、さん……?」
そして、視界に広がる綺麗な銀色。
「大丈夫か?」
「だいじょぶ、です……」
聞かれるがまま返事をする。
どうやら私は、彼によって助けられたようだ。
「そうか。よかった。……っ!」
安堵の表情を浮かべる銀髪さんの顔が急に歪み、左手で右肩を押さえている。
右肩からは、私を庇ったせいで受けたであろう大きな傷があった。肩はぱっくりと切れていて、血がたくさん流れ出している。
「その傷! 私のせいで……!」
「違う。君のせいじゃない。それより、少し離れたところにいてくれないか。今から俺は……こいつを倒さなくちゃならないから」
絶対痛いはずなのに、彼はそう言うと私を降ろして剣を構えた。
「でも、肩が――」
「君にはお礼を言わないといけないな」
「え?」
私の心配する声を遮って、銀髪さんは言う。
「傷は癒えた。ありがとう」
「……!」
にこりと笑うと、すぐに真剣な顔つきに変わった彼の姿は、さっきとはまるで雰囲気が違った。
親ウルフは体勢を直すと、すぐさま銀髪さんに向かって襲い掛かる。彼は大きく剣を振りかざすと、一撃であんなに巨大なモンスターを仕留めてしまった。
「すごい……」
グレッグさんたちが倒していたブラックウルフより、圧倒的に強い親ウルフを一瞬で倒すなんて。この人が最弱ランクだなんて、今の私には到底信じられない。
「すごいです! ぎんぱつさん!」
「……フレディだ」
「……ふれ?」
「フレディ。俺のなま……え……」
銀ぱ――フレディさんは、会話の途中でそのままその場に倒れこんだ。
「フレディさんっ!?」
ものすごい汗をかいていて、体に触れてみるとすごく熱い。
肩からはとめどなく血が流れている。このままじゃ、出血多量と高熱で体が持たないかもしれない。
フレディさんは意識が朦朧としているようで、目を閉じて苦しそうに呼吸するのが精いっぱいのようだった。
――治したい。いいや、私が治すんだ。
頬の傷も、肩の傷も、高熱も。フレディさんを苦しめるすべてのものを!
そう強く思った瞬間、私とフレディさんの体が大きな光に包まれた。
「こんな小さな傷も治せねぇやつが、真聖女なわけない。あーあ! 見ず知らずのガキに優しくして損したぜ」
「え、えーっと」
しんせいじょ? ってなに? それよりも、この人は本当にグレッグさんなの?
あまりの態度の豹変っぷりに、私の頭は混乱する。
「メイちゃんは真聖女の特徴といわれる金色の瞳ってのが当てはまってただけかぁ。ま、金色の瞳なんて珍しいけど普通にいるしな」
「グレッグ、一応背中のしるしを確認しておかないでいいの?」
「する価値もねぇよ。これ以上こいつに関わっても時間の無駄だ」
三人が目の前で繰り広げる会話の内容が、まったく理解できない。
ひとつだけわかったことは――三人の私を見る目が、とても冷たくなったということ。
「メイ、お前、たった今からパーティー追放な」
そしてそんな彼らから告げられたのは、視線と同じくらい冷たい一言だった。
「つっ、ついほう?」
「そう。もう俺らの仲間じゃなくなるってこと。だから当然、面倒を見てやる義理もない。この先住む家や食う飯は、またがんばって新しく見つけてくれ」
「どうしてそんな急に……! さっきまで、あんなに優しかったのに……」
「なんの力もないお前は、ただの足手まといのガキだろ。優しくしてやる理由がねぇんだよ!」
べーっと舌を出し、極悪人のような顔をするグレッグさんを見て私は固まった。チャドさんとコーリーさんもまったく助けようとしない。
……ああ、これが三人の本性だったんだ。
わかった瞬間、とてつもない絶望感が襲ってきた。全身の力が抜け、その場にへたりと座り込む。
「さてと。もうここに用はないし、さっさと町に戻るぞ」
そんな私のことなどどうでもいいように、三人は私を置いてどんどん歩き出してしまう。
追いかけないと。私ひとりじゃ、帰り道がわからない。それに、もしモンスターに遭遇でもしたら倒せる術もない。
必死に立ち上がろうとするが、信頼していた人たちの裏切りがあまりにもショックで、体が言うことをきかない。足は震えてもつれるし、声を出そうとしてもうまく出てこない。
その時、一度も振り返らなかったグレッグさんがこちらを振り向いた。
もしかして、やっぱり私を心配してくれたのかな。淡い期待を抱き、希望の眼差しをグレッグさんに向けると、グレッグさんは満面の笑みでこう言った。
「じゃあな。メイ」
「……っ!」
それから三人がこちらを振り返ることは一度もなかった。
三人からしたら、私がここでどうなろうが知ったことではないのだ。
突然森に現れた身元不明のひとりの幼女が消えたところで、誰も気づかないだろう。今の時点で私の存在を知っている人なんて、ほとんどいないに等しいのだから。
「私が、魔法を使えなかったから……」
役立たずだったから、追放された。
でも、これでよかったのかもしれない。こんな絶望的な状況で、私はふとそう思った。
だってうまく魔法を使えてたら、三人の本性に気づかずずっといいように使われていただけだもの。
強者に逆らえず、弱者は言うことを聞いて働かされる。そんな人生、前世の私とちっとも変わらない。
先ほどのグレッグさんの傷だって、実際治したい気持ちなんてひとつもなかった。
……人を傷つけてできた傷を癒したいなんて、私には思えなかったから。
すっかりと三人の姿は見えなくなり、この場に残されたのは私と――グレッグさんに殴られて倒れこんだ銀髪さんだけ。
よく見ると、銀髪さんはモンスターから受けた傷もいくつか見受けられた。今はだるそうに、木にもたれかかり項垂れている。
やっということを聞くようになった足で、私は彼のもとへ駆け寄った。
顔を覗き込むと、グレッグさんに殴られた頬は痛々しく赤みを帯びている。
私は手を伸ばし、頬の傷にそっと触れた。彼の傷を治したかったのだ。
銀髪さんは驚いた顔で私を見つめる。近くで見る彼の顔は、傷があってもとても綺麗だった。そしてなにより――私を見るその青い瞳は、とても優しく感じられた。
何度も試したみたものの、やっぱり魔法は発動しなかった。私はただ、小さな手で傷を撫でることしかできずにいた。
――これじゃあ本当にただの役立たずだ。
「……せめて心の傷だけても、私が癒せたらいいのに」
情けなくて、ぽつりとそんなことを漏らしてしまう。私がそう言うと、銀髪さんの瞳が揺れた。
グレッグさんが言っていたことが本当なら、彼は今までひとりぼっちで、たくさん陰口を叩かれ嫌な思いをしてきただろう。グレッグさんに殴られた時だって、体と同時に心も痛めたはずだ、と私は勝手に思っていた。
「なにもしてあげられなくて、ごめんなさい」
無力なことも、裏切られたことも、自分の馬鹿さも全部が悔しい。
悔しくて、涙が溢れそうになってくるのをぐっとこらえながら、私は銀髪さんに謝った。
そして、これ以上私がここにいても足手まといになるだけだと思い、そっとその場を後にした。
銀髪さんに頼んで一緒に森を出ることも考えたけど……。彼からしてみれば、私は自分に危害を加えたグレッグさんの仲間だったわけで。そんな都合のいいことを頼むのは、筋違いだと思った。
己の記憶力を信じ、ひとりでなんとかするしかない。
森を歩きながら、あっさりと三人を信用した自分の見る目のなさに大きなため息を吐いていると――なんだか不穏な空気を察し、歩みを止めた。
茂みから、ガサガサとなにかが動いている音が聞こえる。そちらに目をやった瞬間、モンスターが飛び出してきた。
「きゃあっ!」
間一髪のところで除け、私はのけ反った衝動で後ろに尻餅をつく。現れたモンスターは、さっきのブラックウルフと同じ形をしているが、サイズがかなり大きい。
しかも、あきらかに興奮しており、鼻息を荒くしながら牙を剥き出しにしている。その様子は怒っているようにしか見えない。
……これって、親ボスってやつ?
さっき倒したブラックルフの親だったとしたら――かなりピンチだ。
私は戦い方もわからないし、魔法も使えない。つまり、絶体絶命だ。
迫りくる狂暴なモンスターを前に、あまりの恐怖に腰が抜け、逃げることもままならない。
親ウルフは大きく口を開けたまま、私めがけて飛びかかって来た。
せっかく人生やり直せると思ったのに、もう終わっちゃうなんて。
後悔でいっぱいのなか、目をぎゅっと瞑ると――次に目を開けた時には、私は誰かの腕の中にいた。
「ぎんぱつ、さん……?」
そして、視界に広がる綺麗な銀色。
「大丈夫か?」
「だいじょぶ、です……」
聞かれるがまま返事をする。
どうやら私は、彼によって助けられたようだ。
「そうか。よかった。……っ!」
安堵の表情を浮かべる銀髪さんの顔が急に歪み、左手で右肩を押さえている。
右肩からは、私を庇ったせいで受けたであろう大きな傷があった。肩はぱっくりと切れていて、血がたくさん流れ出している。
「その傷! 私のせいで……!」
「違う。君のせいじゃない。それより、少し離れたところにいてくれないか。今から俺は……こいつを倒さなくちゃならないから」
絶対痛いはずなのに、彼はそう言うと私を降ろして剣を構えた。
「でも、肩が――」
「君にはお礼を言わないといけないな」
「え?」
私の心配する声を遮って、銀髪さんは言う。
「傷は癒えた。ありがとう」
「……!」
にこりと笑うと、すぐに真剣な顔つきに変わった彼の姿は、さっきとはまるで雰囲気が違った。
親ウルフは体勢を直すと、すぐさま銀髪さんに向かって襲い掛かる。彼は大きく剣を振りかざすと、一撃であんなに巨大なモンスターを仕留めてしまった。
「すごい……」
グレッグさんたちが倒していたブラックウルフより、圧倒的に強い親ウルフを一瞬で倒すなんて。この人が最弱ランクだなんて、今の私には到底信じられない。
「すごいです! ぎんぱつさん!」
「……フレディだ」
「……ふれ?」
「フレディ。俺のなま……え……」
銀ぱ――フレディさんは、会話の途中でそのままその場に倒れこんだ。
「フレディさんっ!?」
ものすごい汗をかいていて、体に触れてみるとすごく熱い。
肩からはとめどなく血が流れている。このままじゃ、出血多量と高熱で体が持たないかもしれない。
フレディさんは意識が朦朧としているようで、目を閉じて苦しそうに呼吸するのが精いっぱいのようだった。
――治したい。いいや、私が治すんだ。
頬の傷も、肩の傷も、高熱も。フレディさんを苦しめるすべてのものを!
そう強く思った瞬間、私とフレディさんの体が大きな光に包まれた。