【短編】たぶん、その響きだけで。
恋は一瞬の錯覚だって、誰かが言っていた。


きみの存在そのものが、もしかしたら錯覚だったりしたのだろうか。



「そんなわけ、ないっ……」



だって鮮明に覚えているのだ。

きみを想えば、口は簡単にその名を呼ぶ。

きみの温度も、名前を呼んで振り返るときの表情も、
いとも簡単に、触れられそうなほど、

目の奥に、焼き付いてるのに。



「セナ……」


セナとの帰り道、すこし寄り道して買ったガチャガチャのキーホルダー。

必死に握りしめて、セナ、セナ、って何度も呼んだ。


覚えてる、はっきりと。

消えちゃいそうな笑顔も、
最後に私に言ってくれた───……



「……あ、れ」



瞬きとともに、溜まっていた涙がひとつ、ほほを滑り落ちた。

まるで感情のすべてがそこに詰まっていたみたいに、するり。



「……なんて、言ってたんだっけ」


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