政略夫婦の愛滾る情夜~冷徹御曹司は独占欲に火を灯す~
「いえ、なんでも。と、とにかく、専務に失礼ですから変なこと言わないでくださいね、もう」
「はーい」

(――はぁ)
 専務室の前でため息をついた。

 トレイに載せたコーヒーから漂う苦々しい香りが気分を重たくする。

 "紗空ちゃんなのかもね"なんてありえない。梨花さんには言えなかったけれど、私は専務に避けられているのだから。

 扉をノックして「失礼します」と入る。

 専務はデスクにいてパソコンの画面を見つめている。

 須王結界は相変わらずで、梨花さんの予想通り不機嫌マックスという雰囲気だ。縁談が不機嫌の原因だとしたら、本当に女嫌いなのかもしれない。

 静かにカップを置いて専務室を出る。

 口から零れる深いため息。いずれにしろもう限界だと思った。


「あの、宗方さん」

 専務室に入ろうとする宗方さんを呼び止めた。

「はい?」

「終わりました」

 頼まれていた簡単な仕事は、急がないからゆっくりでいいと言われたとおり、可能な限り丁寧に時間をかけて作業をしたけれど、ついに終わってしまった。
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