政略夫婦の愛滾る情夜~冷徹御曹司は独占欲に火を灯す~
『君の場合は、上が決めた特例なのでね。とにかく内密のことなので口外はしないように。君が西園寺に戻る時のためにも』

 なにがなんだかわからなかった。

 契約違反だとか騙されたとか騒ぎ立てたる気持ちにもなれず、人事部長が言った言葉を信じて、ここでがんばるという道を選んだけれど。

 三年経った今でも異動はないし、理由も相変わらずわからない。

 西園寺ホールディングスに行ける日は本当に来るのだろうか。来ないなら来ないでそう言ってほしいのに人事部長は相変わらず言葉を濁す。

『もうちょっと、ここでがんばってみようか』
 その繰り返しだ。

 大学では建築学を専攻している。医学系などまったくわからない。

 予想もしなかった仕事に追われながらクタクタに疲れて迎える同じ朝。釈然としない毎日の中で、時々ふと自分は何をしているのだろうと不安に襲われる。

 そんな時、私を奮い立たせるものはひとつ。窓の外に厳然と存在するこのビルだった。

(待っていてね。必ず行くから)

 もはや意地だ。
 そう思わないとやっていられない。今日もまた隣のビルを見つめ、キュっと唇を結ぶ。

< 5 / 206 >

この作品をシェア

pagetop