振り向いて欲しい
5時。
定時で今日は上がることができ、何を作ろうかなぁと思いながら駅へ向かう。
就職し一人暮らしを始めた。
もともと家事は嫌いじゃない。もったいないのでもっぱら自炊を頑張っている。

駅までの道のり。後ろから「サーヤマン」と聞こえてきた。
サーヤマン…。なんて懐かしい。
こう呼ぶ人は1人しかいない。

振り返ると走ってくる高坂くんが見えた。
「さっき病棟で見かけた気がしたんだ。でも声かけられなかったし気のせいかも、と思ったけど今、後ろ姿見てやっぱりそうだ!と思ってさ。」

驚いて私は何も答えられない。

「久しぶりだよね。この前の同窓会もいつのまにかいなくなっちゃってたよね。」

なんで?私なんて見えてなかったはずだよね?

「サーヤマンは今帰り?用事ある?ご飯食べない?」

なんで?
なんて言ったの?

「サーヤマン!大丈夫?お腹空かない?」

「だ、大丈夫。久しぶり。」

「ご飯行こうよ。」

「……うん。」 

2人は駅前にあるイタリアンに入ることにした。
ビールを頼み乾杯をすると、
「サーヤマンは薬剤師なの?オレあの病院の担当になって1年経つけど会わなかったなぁ。」

「私もやっと病棟の担当になれて調剤部から出れるようになったところなの。」

「頑張ってるなぁ。サーヤマンは物静かで大人しいかと思ったらオレに怒ることあったし真面目で意外とお節介焼きだよな。」

「そ、そうかなぁ。」

「同窓会懐かしかったよなー。サーヤマンいたから声かけようと思って探したのにいなくて残念に思ってたんだよ。」

10クラスもあるあの沢山の人の中で私を見つけてくれていたの?私はまた喉の奥がチリッとする。

高坂くんは相変わらず優しく、会話が途切れないよう私に気を遣ってくれる。私なんかとご飯食べても疲れるだろうに自然と振る舞ってくれる。なんて優しい人なんだろう。私はこの優しさにあの頃甘えてたんだな。あの頃高坂くんの友達に言われても仕方ないことだったんだな、と想いが巡った。とても辛い思い出だけど私は何も分かってなかったんだな。

私たちはご飯を食べ終え駅へ向かい、分かれるかと思ったら連絡先を聞かれる。またご飯に行こうぜ、と。
社交辞令だよね。

スマホを取り出しお互い連絡先を交換し分かれた。
< 13 / 33 >

この作品をシェア

pagetop