【完】奴とヤツらと私
殴られた時の鈍痛ではなく、鋭い痛み。
その傷口から血が一筋流れる。
腕を伝って手に降りる。
少しくすぐったい。
手から一滴落ちる。
「これで揃った。」
そう言った奴の口角は上がっていた。
縛られた縄は痛くはない、だが外れない。
足も同様。
それだけでも恐ろしいのに、
低く響く声に恐怖が強まる。
瓶に、今できたであろう何かの液体を入れる。
奴の頭がこちらを向き、ゆっくりと歩いてきた。
私は恐怖のあまり目を瞑った。
奴は近づくと私の口に指を添わせてきた。
「開けろ。」
そう言いながら指が強引に入ってくる。
簡単に開いた口は指を受け入れたまま。
何が起きているのか分からない。
少し目を開けてみる。
奴は瓶の中の液体を口に含んだ。
指が抜けた。
その瞬間、奴の口と私の口が重なった。
柔らかいその唇から、先程奴が含んだ物が入ってくる。
飲まないよう必死に抵抗する。
それを見た奴は私の鼻をつまんだ。
抵抗虚しくあっさり飲んでしまった。
口から離れ、鼻から手を引いた。
…
私の人生は苦難の連続だ。
子供の頃に親が離婚。
私をどちらが引き取るかで揉め、結局孤児院。
優しい夫婦が引き取ってくれたが、実子に暴力を振るわれる。
何とか生きて、歌手という夢を持ち、一人暮らし。
デビューして少し知名度が上がりこれからって言う時に喉に炎症。
澄んだ声が特徴だったのに、枯れた声しか出なくなった。
そんな時奴に攫われた。
あぁそんな私も、変な薬を飲まされて人生終わりか…
なんて人生だったろう。
そんなことを考えていると、奴の手が私の喉に触った。
「声、出してみろ。」
え?なんで?私の声を聞いてどうするの?これ以上私に屈辱を与えるの?もう、嫌だ…嫌だ…
「いや、嫌だ……えっ…?」
私の声…慣れ親しんだ、私の声…!
驚いて奴を見る。
奴は口角を少し上げ、こう言った。
「礼は俺に依頼してきたヤツらに言え。
お前の声に1億出した馬鹿なヤツらに。
それじゃ、もう会わないことを願ってる。」
奴はそういうと部屋を出て行った。
でも私手と足が縛られ…て、ない?!
うそ…あの人…。
…
1億…1億か…私の声、1億の価値あるのかな…
…いや、あるんだ。出してくれた。
事実だ…!