桃色溺愛婚 〜強面御曹司は強情妻を溺愛し過ぎて止まらない〜
私の記憶の中の郁人君は大人しいが優しい人だった。しかしいつの間にか親同士の集まりにも顔を出さなくなって、誰も彼の話をしなくなった。
そういえば私は彼が今どこで何をしているのかも知らない……そのことになぜか妙に胸がバクバクと音を立て始める。
「ああ、その郁人君だ。杏凛は彼に懐いていたからな、やはり今もその気持ちは変わらないのか……」
「それは、どういう意味ですか?」
それではまるで私が郁人君に対し良い印象を持っているのがおかしいような言い方だ。彼は私に優しかったし、いつもテレたようなはにかんだ笑顔を見せてくれた。嫌いになる理由がない。
……はずなのに、どうしてこうも心が騒ぐの?
「このまま覚えていないほうが幸せだと思わないか、杏凛。彼との思い出は綺麗なままがいいだろう?」
悲し気な父の表情に、さすがの私も何かが郁人君との間で起こったのだと理解した。それが何なのかはまだ思い出すことが出来なかったが。
「それでも知りたいと言ったら、教えてもらえますか?」
郁人君の事は複雑だが、それでも過去と向き合いたい気持ちは変わらない。父の視線から目を逸らさないで、私は真っ直ぐな気持ちを答えた。
「そうか、覚悟は出来ているという事だな。ならば落ち着いてしっかりと聞きなさい。杏凛が高校二年生だったあの雷雨の日に、お前は郁人君の……彼の手によって監禁されたんだ」