桃色溺愛婚 〜強面御曹司は強情妻を溺愛し過ぎて止まらない〜
契約結婚と秘密の交換条件
「はっ……ああ、うぅっ……い、やぁ」
苦しかった、深い闇の中を彷徨って何も見えない。まるで海の底にでも沈んでいるような息苦しさを感じ、必死で呼吸をしようとするが上手くいかなくて。
ただ必死にそこで足掻いている、それでも海面に上がることが出来ずに誰かに助けを求めたい。そんな時瞼の裏に浮かぶのは、優しい両親や祖父の顔ではなく……いつもの無表情な匡介さんの顔で。
苦しい。手を伸ばせば届く場所にいるはずなのに、いつも私が掴むのは貴方のまぼろし。きっと私が望むような関係になれはしない、永遠に……
『杏凛ちゃんには、俺がついてるよ?』
囁くような声の主は、郁人君だ。こうやって落ちていく私をもっと深くまで引きずり込もうとする。誰かに縋りたい、でもその誰かは郁人君じゃない。
……私はどうしてもあの人がいいの、諦められないの。
「た……け、て……う……さん」
口から零れる願いを、どうか拾って欲しい。俺がいるから大丈夫だと、そう言ってあの時のように強く抱きしめて欲しいの。
……私は貴方と、匡介さんとちゃんと大人の恋がしたいのよ。
「……り、あん……、杏凛」
誰かに手を握られる、大きくて少しゴツゴツしたこの手を私は知っている。
呼吸が楽になり、息苦しさから解放された。ゆっくり瞼を開くと、まだぼやけた視界に映るのは心配そうに私の名を呼ぶ夫だった。
「きょう……すけさん、わたし……?」