桃色溺愛婚 〜強面御曹司は強情妻を溺愛し過ぎて止まらない〜
その夜も、やはり私は酷く魘された。何度その手を払っても郁人君は私に向かって手を伸ばしてくるのを止めてくれない、そして思い切り優しく囁くのだ。
『ねえ、俺ならこんな夜に杏凛ちゃんを一人にしないよ。ずっと傍にいてあげるのに……』
確かに郁人君の言うことには心揺らされる、一人の時間は不安で寂しくて誰かに縋りたくなってしまう。でもこの手を取っても私の望む幸せは手に入らない、だから私は――
「……り、杏凛! 大丈夫か?」
聞き慣れた声によって意識が覚醒し、勢いよく起き上がる。息は乱れ汗が浮かんだ私に伸ばされた大きな手、それが一瞬だけ夢の中の郁人君の手に重なって見えて……
「イヤッ! 私に触らないで、絶対にあなたの手は取らない!」
夢から覚めたばかりの私は混乱していた、差し出された手が誰のものかをきちんと確認しないまま叩き返したのだから。我に返りハッと顔を上げそこにいた匡介さんを見上げる、その時の彼の傷付いた顔はきっと一生忘れられない。
「あ、違うの。今のは郁人君が……」
いい訳にもならない、確認もせず彼を叩いてしまった申し訳なさから言葉を続けられず俯いた。そんなわたしから少し距離を取った匡介さんは、ポケットからスマホを取り出し耳にあてる。
……こんな時間に電話なんて、いったい誰に?