桃色溺愛婚 〜強面御曹司は強情妻を溺愛し過ぎて止まらない〜
鵜方先生の落ち着いた声、でもそれはいつも聞いている低くて安らぎのあるあの人の声音とは違う。冷静さを取り戻しつつも、私が心の奥で求めるのはやはり匡介さんなのだと思い知らされるばかり。
それなのに、私は自分から彼の手を振り払った。別れを……切り出したんだわ。
「はい、そうです。加害者の男性はもう捕まってますし、二度と私には近づかないと約束したと聞きました」
それも全て匡介さんが一人でやってくれた事、私はその間ただ待っていたにすぎない。ここまでしてもらっているのに、私は彼にちゃんとお礼も言えてない。
「昨日から君は友人の家にお世話になっていると聞いている。それに……杏凛は匡介君に離婚を申し出たそうだね」
「……はい」
そこまで話してたんだ、匡介さんは。鵜方先生が他人にそんな事を言いふらすような人ではないと分かっているが、それでも少しだけ悲しい気持ちになる。
匡介さんはもう納得していて、この話を本当に進めるつもりなのかもしれない。自分で言いだしたことなのに、今は後悔でいっぱいだった。
「僕はそれでもいいと思う。杏凛……君が匡介君との結婚生活でこれ以上苦しまなくてもいいのなら」
「鵜方先生……」
そんな事を主治医である鵜方先生が言うのは初めてだった。結婚について相談した時も、彼は自分で選ぶんだよ、と私の背中を押しただけだったのに。
「今のは杏凛の主治医としての意見じゃない。君を心配する一人の人間として、の言葉だから」
その一言に胸がグッと痛くなる。こんなにも私は色んな人に支えられてるのに、一人で立つことも出来ないででいるなんて。