彼と彼女の取り違えられた人生と結婚
「…こんな私でいいのでしょうか? 」
震えるような声で樹里が言った。
「勿論です。樹里さんは、俺にはもったいないくらいですよ」
抱きしめている柊の腕にギュッと力が入ったのを感じた樹里。
この気持ちが真剣なら…受け止めたいけど…。
そう思う反面、どこかでブレーキがかかってしまう樹里は複雑な気持ちが込みあがって来た。
「ちょっと冷え込んできました。どこかに移動しませんか? 」
え?
ちょっとだけ樹里は柊を見上げた。
「明日は休みですから、今夜はどこかに出かけても構いません。行きたい場所はありませんか? 」
「行きたい場所なんて、特にありません」
「じゃあ、俺が決めていいですか? 一緒に、いきたい場所があるので」
好きにしたら…。
そのまま樹里が黙っていると、柊は樹里の手を引いて歩き出した。
夜の公園の駐車場。
水銀灯の灯りの中、柊が乗って来たシルバーの乗用車が停まっている。
高級車ではないが、ゆったりと乗れる1500クラスの乗用車。
柊が助手席のドアを開けて、樹里を乗せてくれた。
樹里が座るとシートベルトをかけてくれて、まるでお姫様でも取り扱うようなとても丁寧な動作に樹里は驚いていた。
運転席に乗ると、どこかにナビをセットして走り始めた柊。
動き出す中、樹里は視線を落として下を見ていた。
公園から走り出して、向かっているのは港の方角のようだ。
こんな夜更けに港にでも行くのだろうか?
樹里はそう思っていた。