彼と彼女の取り違えられた人生と結婚
「…いつでも覚悟は決めているから。その前に、僕が絶対にやらなくてはならない事をやり遂げる事を許してほしい。これをやり遂げたら、僕はいつ死んでもいいって思っているから」
抱きしめたまま優しく背中をさすってくれる宇宙…。
まるで小さな子供を宥めるかのように、優しくなでてくれる手の感触…。
この感触が樹里はずっと欲しかった。
小さな時からずっと、誰にも頼れなくて突き放されてばかりだった。
自分で解決しなくてはならなくて、どうしたら良いのか分からない時は誰もいなくて。
いつしかいなくなった母の事も、いつも仕事だと言って海外にばかり行っている父を憎む事で生きる糧にしていた。
誰かに優しくしてもらう事なんて求めてはいけないと思っていたから。
複雑な気持ちが渦巻く中。
樹里は優しい宇宙の手の感触を感じつつ…。
いつの間にか眠りについてしまった。
心地よさそうな樹里の寝息を耳にして、宇宙はそっと微笑んだ。
「寝ちゃったんだ」
そっと樹里を抱きかかえ、宇宙はそのまま自分の寝室へ連れて行った。
シンプルな白いダブルベッドに、男性が好むグレー系のベッドカバーに白い布団。
枕は2つ置いてありゆったり眠れる。
眠ってしまった樹里をそっとベッドに寝かせた宇宙は、寝顔を見て嬉しそうに微笑んだ。
「寝顔は、風香にそっくりなんだね。楓は、僕に似ているって風香が言っていたけど。…可愛いなぁ…」
眠っている樹里の頬に触れると、とても柔らかくてプニっとしていた。
「産まれて来てくれて、本当に有難う…」
目を潤ませてそう言った宇宙は、少し距離を置いて樹里の隣に横になった。
「おやすみ…」
電気を消して、そのまま眠りについた宇宙。
部屋に来た時は強張った顔をしていた樹里だが、今は穏やかな表情で眠っている。
恐らく頭では分かっている事がある。
だが、気持ちがついてゆけない。
ずっと生きる糧にして来た事が違っていた事を認めるには、時間がかかるのだろう。
宇宙はその時がくるまで待とうと決めた。
二人がぐっすり眠りについた頃。
宇宙の部屋の前にスーッと伸びてきた人影が…。
「樹里…ごめんね、私が全部悪いの。…」
小さな声で謝る女性の声。
暗がりで顔は良く判らないが、随分と背の高いスラっとした感じの女性のようだ。
暫く宇宙の部屋の前にいた女性の影は、スーッとどこかへ消えていった…。