彼と彼女の取り違えられた人生と結婚
マンションの入り口で暗証番号を押しているのは、紛れもない宇宙だった。
特に姿を隠す事もなく、素のままで平然と暗証番号を押して開いた自動ドアの中へと入って行った。
「あの人、どうしてこんな所に? まさか…恋人でもいるの? 」
そう呟きながら、樹里は呆然と入り口を見ていた。
リッチ―ルヒルズは特別なお金持ちしか住めない。
主に住んでいるのは医師や政治家や芸能人などの大金持ちと噂されている。
確かに宗田ホールディングは、世界を股に掛ける大手企業である故にこのタワーマンションを購入できないわけじゃないだろう。
でも、あのお屋敷があるのにタワーマンションまで購入しているなんて…。
100憶持ち逃げされ、破産寸前だったのにこんな隠し財産があったのだろうか?
モヤっとした気持ちで、色々と考えながら樹里はアーケードの入り口で暫く佇んでいた…。
どのくらい時間が経過しただろうか。
日が傾き始めた頃。
樹里はやっと正気を取り戻したかのように、深呼吸をしてもう一度タワーマンションを見た。
すると…。
マンションからゆっくりと視線を落としてゆくと。
そこには、あのつばの広い帽子を被った女性たが立っていた。
サングラスをかけている女性だが、樹里と目と目が合うと驚いたような口元をしていた。
樹里は女性をじっと見つめた…。
ギュッと女性が口元を引き締めた時、その表情から樹里はハッと誰かを思い出した。
「樹里…」
女性が小さく樹里の名前を呼んだ。
その声を聞くと、樹里の顔色が変わった。
「まさか…お母さん? 」
お母さんと呼ばれると、女性は俯いていしまった。
俯いた女性は、樹里が良く見ていた母の俯いた表情とそっくりだった。
「お母さん…やっぱり、私の事を捨てたのね…。私が嫌で、ずっと姿を隠していたのね? 」
悲しい…悔しい…そんな気持ちが込みあがってきた樹里は、ぎゅと拳を握り締めた。
「違います。私は、一度たりとも貴女の事を嫌だなんて思ったことはありません。捨てたつもりもありません…」
「じゃあどうして? ずっと探しているのに…どうして帰ってこないのよ! 」
「それは…」
何かを言いかけて、女性は俯いてしまった。