彼と彼女の取り違えられた人生と結婚
視線置感じるのが嫌で、樹里は足を止めた。
「あの…タクシーで帰りますので…」
「え? じゃあ、タクシー乗り場まで送ってきますね」
柊はそのまま方向を変えて歩き出した。
見かけによらず結構強引な所があるのかもしれない。
そう思いながら樹里は柊の背中を見つめていた。
タクシー乗り場まで来ると、そっと手を離した柊。
「送って頂きまして、有難うございます」
「いいえ、こちらこそ来て頂きまして有難うございます。あの、これお渡しします」
差し出されたのは名刺だった。
柊の名前と宗田ホールディングの副社長である事が書いてある名刺。
その中に手書きで、携帯番号が書かれている。
「俺の携帯番号を書いておきました。良かったら、明日の夜にまた会って頂けませんか? 」
「明日ですか? 」
「はい。…ご都合悪いでしょうか? 明日は週末で、次の日は休みなので食事でもご一緒できればと思ったのですが」
「はぁ…。都合は悪くありませんが」
「それでしたら是非会って下さい。何時になっても構いませんので、いつでも携帯に電話下さい」
「判りました、またご連絡致します」
一台のタクシーがやって来た。
「それでは、これで失礼します」
タクシーに乗り込んだ樹里に、柊はそっと何かを握らせた。
ん? と見た樹里は、握らされたのが1万円札である事に気づいて驚いた。
「タクシー代です。使って下さい」
「い、いえ頂けません」
「お気になさらず、使って下さい。わざわざ来て頂いたのですから」
会社が倒産しそうでお金に困っているのに…こんなにすんなりお金を渡すなんて…。
「…申し訳ございません…」
「いいえ、明日楽しみにしています」
樹里を乗せたタクシーが走り出すと、柊は見えなくなるまで見送った。
樹里は複雑な心境のままタクシーで家に帰って行った。
こうして突然現れた上野坂樹里により、宗田ホールディングは窮地を免れる事が来た。