冷徹弁護士は奥手な彼女を甘く激しく愛し倒す


「あの……?」
「変えようのない過去はどうでもいい。俺が興味があるのは、手を加えればどうとでもなるこれから先のことだけだ」

はっきりと言いきる表情に迷いはなく、いつの間にか眉間のしわも消えていた。
真面目な顔で言う姿に、思わず「カッコいいんですね」と感心していると、岩倉さんはやや呆れたように私を見た。

呑気だと思われたのかもしれない。

「退職届を用意しておけ。書き方は調べればすぐに出てくる。再就職先は俺が用意する」
「え……え? いえ、あの、私仕事を辞めたいわけでは……」
「おまえに拒否権はない。職場を変えることが、今回助けた俺に対する詫びだと思ってくれればいい」

言われていることがまったくわからず、体調が優れないこともあり、しばらく呆然としていた。

岩倉さんの言葉を、ゆっくりと頭の中でかみ砕く。
つまり、私は仕事を辞めて、再就職するということだ。

文字にすればとても簡単だけれど、それを実行するシミュレーションは、怖い顔をする部長を前に退職届なんて到底出せるはずもなく、尋常じゃない冷や汗を流しているところで終了した。

他の社員が受話器をひっきりなしに持ち上げ営業をかけ続ける中、いつだって不機嫌で声の大きい部長に退職届を出すなんて、想像すらもできなかった。

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