冷徹弁護士は奥手な彼女を甘く激しく愛し倒す
「それが嫌なら、いつ怒鳴り込んでこられるか、どこで待ち伏せされているか、毎日ビクビクしながら過ごすんだな」
淡々と怖いことを言われて、肩を落とす。
さっきの退職届を出すシミュレーションとは違い、今回の怒鳴り込みや待ち伏せはすぐに想像がつき、現実にはまだ起こっていないのに、どうしよう……!と慌てそうになる。
岩倉さんは、私に退職届を出せと言う。
それが、今回助けてもらったお礼代わりだと。
よくわからないけれど、そう言われてしまえばそうするしかない気がしてきたし、ついでに言えば、寝不足と過労でふらふらの頭ではこれ以上言い争う気力もなかった。
十一連勤でまともに働かない頭の中に、あんなに優しいご飯が作れるのだから、そんな悪い人ではないんだろうという謎の定義が確立する。
「あの……とりあえず、お名前教えていただけますか? あ、私は出穂桜です。今年二十三歳になります」
おかしな状態の頭でも、さすがに〝岩倉さん〟という情報しかない男性と同居するのはどうかと思い自己紹介を求める。
岩倉さんは、コーヒーをゆっくりとドリップしながら口を開いた。
「岩倉澄晴だ。今年三十一になる。仕事は、弁護士をしている」
「弁護士さんだったんですね。なんか納得です」と呟くと、ようやくドリップを終えた岩倉さんが「どういう意味だ?」と私に視線を向けた。
部屋中にコーヒーのいい香りが充満する。