冷徹弁護士は奥手な彼女を甘く激しく愛し倒す
昼夜どころか土日すら関係なく仕事で削られ続けたHPはもうゼロに近かった。
マンションのエレベーターにも、壁に寄り掛かるようにしてしか乗っていられない。
そうでもしていないと、エレベーターのわずかな揺れにさえ耐えきれず倒れそうだった。
「――おい。おまえ、607号室の出穂だな?」
急に声をかけられて振り向くと、後方の壁を背にして立つ男性が私を見ていた。
眉間にはわずかにシワが寄っていて、怒っているような表情にビクッと肩が跳ねる。
「あ、えっと……たしか、右隣りの……」
誰もが美形と認めるような整った顔をした男性には、かすかに見覚えがあった。
たぶん、私の部屋の右隣の住人だ。
「ご、ご迷惑をおかけしてすみません。以後気を付けます」
目を伏せたまま、一七十後半はありそうな長身の男性にぺこぺこと頭を下げると、その振動で脳がぐらついた。
開口一番に謝ったのは、思い当たる節があったからだ。
私の勤める会社は……おそらく、ニュースでよく取り上げられているような、いわゆるブラック企業寄りで、毎日朝から晩まで山ほどある仕事と、常に怒鳴り声をあげる上司によって拘束されている。
そのため、朝は早く、夜は遅い。
このマンションの壁は厚くなく、防音でもないため、お隣さんのちょっとした物音は聞こえてくる。
筒抜けてくる音は、なにかを落とした音や掃除機の音、ボールの弾む音、ボリューム次第ではテレビの音やお風呂での鼻歌までバラエティーに富んでいる。
そのなかでも一番はっきりと聞こえるのが、ドアの開閉音だ。