冷徹弁護士は奥手な彼女を甘く激しく愛し倒す


『あの、助けてくださってありがとうございました。後日、お礼させてください。住所とお名前教えていただいてもいいですか?』

どうやら彼女は俺が隣人だとは気付いていないようだった。
俺と彼女は、引っ越しの挨拶でしか顔を合わせていない。俺はもとより記憶力がいいから覚えていただけで、忘れていても無理はない。

以前、傷つけるような発言をしてから少なからず後味の悪い気持ちを抱え続けていた俺からすれば、今回手助けしたことでそれが払拭できたため、これでトントンという勘定だった。

『たいしたことはしていないし、別にいい』
『あ……そうですよね。個人情報ですし、こんな素性も知らない女に教えたくないですよね』
『そういう意味じゃ……』

言い終わる前に、彼女が言う。

『あ、じゃあ、よかったらこれどうぞ。袋はちょっと汚れちゃってますけど、中身は無事ですから』

手渡された紙袋の中身は、引っ越しの挨拶でももらったどら焼き。
個装されたものが五つ入っていた。

紙袋にも店名が記載されていることから、専門店での購入だとわかった。
そういえば、引っ越しの挨拶としてもらったときも、同じものだったかもしれない。

あの日から、疲れるとなんとなくどら焼きに手が伸びるようになり、そのたびに出穂の顔が頭をチラつくようになった。
甘いものは苦手だが、たまになら悪くない。


< 52 / 184 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop