冷徹弁護士は奥手な彼女を甘く激しく愛し倒す
『ここのどら焼きは私至上一番おいしいんです。なので、一度落としちゃったことが気にならないようなら、ぜひもらってください』
落としたのは出穂のせいじゃない。ひったくり犯に転ばされただけだ。
それなのに申し訳なさそうに言う彼女を見て、息をひとつついてから、紙袋を開く。
そして、中からひとつ取り出したあと、紙袋を彼女に返した。
『甘い物は得意じゃない。ひとつで十分だ。……それより、肘。擦り傷ができてる』
転んだときに擦ったのだろう。
左の肘部分に傷ができていた。
『あ、本当ですね。お風呂で染みちゃいそうですね』
『いや、風呂の前に、今、痛いだろ』
血が流れ出ているわけではないにしても、そこそこの傷だった。
それなのに痛がるそぶりを見せないため思わず言った俺に、出穂がキョトンとしたあと、へらっと笑う。
『そういえばそうですね。興奮してるのかな、痛いって気付かなかった』
その様子を見て、小さな違和感を抱いた。
その顔が、引っ越しの挨拶の時に見た笑顔と、どこか違う気がしたからだったが……この時、気のせいで済ませた勘が当たっていたのだと思い知るのは、一ヵ月先のことだった。