冷徹弁護士は奥手な彼女を甘く激しく愛し倒す


「さっきおまえが見たのが、たとえ上司だったとしても、おまえはきちんとした手順を踏んで退職している。こちらに否はない」
「……はい」
「だからといって、怖がるなと言うつもりはない。恐怖で支配されていた以上、おまえにとって上司はその象徴でしかない。それを克服する必要はないし、逃げたままでいい。今後も、もし見かけるようなことがあっても、まともに相手にしないで逃げるべきだ。戦ったところで、得はない」

岩倉さんの静かな声が、大きく波の立った私の気持ちをゆっくりと撫で落ち着かせてくれるようだった。

ガッカリされたと思った。
だって、岩倉さんは本当に親切に私の面倒を見てくれているのに、こんなことでガタガタと崩れるなんて、きっと失望されたと思った。

それなのに、ひとつも責めずに、今後も逃げていいと言ってくれる落ち着いた声に、穏やかな眼差しに、ぐっと胸が苦しくなる。

どこまでも優しい岩倉さんの雰囲気に、目の奥が熱を持ち始めていた。

「ありがとうございます」
「それに、万が一、相手が怒鳴りつけてきたとしても、俺が隣にいるんだからまず問題はない。大声を出すしか能のない男を相手に、俺が負けるわけがないだろ」

ハッキリと言いきった岩倉さんに目を見開き……それから「本当にその通りですね」と笑みをこぼした。

「考えたくなければ答えなくていいが……前の職場環境について、今、どう思う?」

岩倉さんが、慎重に聞いた。

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