冷徹弁護士は奥手な彼女を甘く激しく愛し倒す
ひったくり未遂があってから約一ヵ月後の、十月半ば。
マンションのエレベーターが故障し止まり、中に取り残される事態に直面した。
原因は、近くで行われている電気工事らしく、幸い、外とも通話できる状態だったため、そこまでの焦りもない。管理会社の話だともう修理に向かっているという。
仕事帰りのタイミングだし、予定的にも問題はない。
ただ、一点、気がかりがあるとすれば、同じエレベーターに出穂が乗り合わせていたことだった。
『とりあえず、連絡はしたし待つしかない。……大丈夫か?』
思わず聞いたのは、彼女の顔色の悪さが理由だった。
頬は紙のように白く、唇にも色がない。虚ろな瞳は小刻みに揺れているように見えた。
この状況に怯えているのかと思い聞いた俺に、出穂は視線を落としたまま頷いた。
『大丈夫です』
『でも、顔色が悪い』
『これは、元からなので……大丈夫です』
そう言い張られたら、これ以上は追及できない。
仕方なく後方の壁に背中を預け、バレないように彼女を観察した。
あの事件以降、顔を合わせるのは初めてだった。
出穂が相変わらず朝早く夜遅い生活を繰り返しているのは、ドアの開閉音で知っている。
あと俺が知っている情報といえば、駅から直結しているデパート地下に入っている和菓子屋のどら焼きが好きで、炭酸が苦手。それくらいだった。
それでも……それくらいしか知らない俺でも、出穂の変化はすぐ気付けるほど大きかった。