コスパ婚
「君のお陰で今回の案件うまくいったよ。有り難う」
「いえ、課長のご指導のお陰です」
大手広告会社に就職し、プロジェクトリーダーを任された大きな案件が無事成功に終わって上司と打ち上げをおしゃれなバーでしている時だった。
お酒も入り、憧れの上司から褒められ、気持ちよく一日が終わると思っていた。なのに。
「この後どう?」
テーブルに置いていた手を握られ、体が硬直する。
ゾワゾワと全身に鳥肌が立ち、吐き気が込み上げてきたのを耐えてやんわりと笑顔で断る。
「すみません。今日は体調が悪いので…」
そのままそそくさと自分が注文した分の代金を払って、お店を後にした。
「あー気持ち悪い!」
家に帰ってゴシゴシゴシと念入りに石鹸で手を洗いまくる。
柴崎泉28歳。それなりにモテるが、彼氏と付き合ったことはない。何故なら大の潔癖症だからだ。
課長も別に外見が悪いというわけではない。
しかし、異性の対象として触れられた途端に急に無理になる。
自分でも相当厄介な体質だと自覚している。
「はぁ…」
SNSを開くと結婚した友人の私生活やら彼氏との写真がズラリと並ぶ。
別に今の生活に不満があるわけではない。
人並に稼いでいるし、老後の蓄えもある。
だが、友人や両親から何で結婚しないの?早く結婚しろ孫の顔を見せろとうるさく言われて流石に無視できなくなってきた。
そして何より、職場のいけ好かない後輩にマウントされるのが許せなかった。
「『あれ?この中で結婚してないのって柴崎さんだけになっちゃいましたね。いい人紹介しましょうかぁ?』じゃねーよ!」
私の唯一の欠点、それは未だに独身であることだった。
翌日、会社に行くと何故かこんもりと机に案件の山が積まれていた。
「絶対に課長の仕業だ…」
クソッ妻帯者のくせにセクハラしてんじゃねーよ!と悪態つきそうになるのをこらえて、山になった案件を片付けていく。
それを見ていた、去年入社した後輩の藤城くんが手伝いましょうか?と声をかけてきた。
「大丈夫。今日中に終わるから」
見るからに一人じゃ終わらない量だった。
だけど人に頼るのはプライドが許さなかったし、何より課長の嫌がらせに負けたくなかったので猛烈な勢いで仕事に打ち込み、終電ギリギリになんとか終わらすことが出来た。
あれ?そういえば、いつのまにか案件の数が減っているような…。
「終わりました?」
「わぁ!」
いきなり背後から声を掛けられてひっくり返りそうになる。
さっき声をかけてくれた藤城くんだった。
存在感がなさ過ぎて気付かなかった。
「はい、どうぞ。おつかれさまです」
「あ、有り難う」
コンビニで買ってきてくれたコーヒーを渡される。わざわざ買いに行ってくれたのか…と思いつつ、彼のデスクを見るとそこには私が持っていた案件が何枚かあった。
「ごめんね。手伝わせて」
「いいんです。いつも世話になってるんで」
藤城くんは、去年うちの会社に入社してきた後輩だった。
隣の席なので、何かと仕事を教えてきたが要領もよくいつのまにか期待の新人として活躍するようになった。
仕事以外はいつもボーッとしていて正直何を考えているかわからないところはあるけれど…。こうやってさり気なく気が利くし、いい子なんだよなぁと改めて彼が後輩で良かったと思った。
「そういえば」
「ん?」
「この間、婚活サイト見てましたよね?」
ブフォーッと思わず口からコーヒーを噴き出しそうになる。
休憩室で検索した時だろうか?スマホの画面をロックせず退席したときだろうか?
恥ずかしさで死ねる…。
「あー、ちょっと興味があってね?周りがどんどん結婚してるしどんなもんかなーって」
「あれって、結構釣り垢多いですよ。ホストや通販の営業だったり、既婚者が登録してたり」
そうだよなー。現実そんな甘くないよなー。
年収1000万のイケメンなんて存在するわけないよなー。そんなんもうとっくに結婚してるわ。って何故そんなに詳しいんだ藤城くんは?
「俺もそのアプリ登録してて。偶然マッチングしたんです」
柴崎さんと。
藤城くんのスマホの画面を見せられて驚愕する。私の盛りに盛った写真とプロフィールがそこにあったからだ。
「えっ…あっ…なっ」
「顔、真っ赤ですよ?」
穴があったら、入りたい。
一番知られちゃいけない人に秘密を知られてしまった。
「こ、このことは…誰かに…?」
「いえ、まだ誰にも」
「誰にも言わないでください。お願いいたします」
土下座する勢いで懇願する。
社内に知られ渡ったら面目丸潰れ。特に課長とマウント女には絶対に知られるわけにはいかない!
「いいですよ、ただし」
「僕と結婚してください」
へ?と思わず間の抜けた声が出た。
今この人、なんて言った?
「いえ、課長のご指導のお陰です」
大手広告会社に就職し、プロジェクトリーダーを任された大きな案件が無事成功に終わって上司と打ち上げをおしゃれなバーでしている時だった。
お酒も入り、憧れの上司から褒められ、気持ちよく一日が終わると思っていた。なのに。
「この後どう?」
テーブルに置いていた手を握られ、体が硬直する。
ゾワゾワと全身に鳥肌が立ち、吐き気が込み上げてきたのを耐えてやんわりと笑顔で断る。
「すみません。今日は体調が悪いので…」
そのままそそくさと自分が注文した分の代金を払って、お店を後にした。
「あー気持ち悪い!」
家に帰ってゴシゴシゴシと念入りに石鹸で手を洗いまくる。
柴崎泉28歳。それなりにモテるが、彼氏と付き合ったことはない。何故なら大の潔癖症だからだ。
課長も別に外見が悪いというわけではない。
しかし、異性の対象として触れられた途端に急に無理になる。
自分でも相当厄介な体質だと自覚している。
「はぁ…」
SNSを開くと結婚した友人の私生活やら彼氏との写真がズラリと並ぶ。
別に今の生活に不満があるわけではない。
人並に稼いでいるし、老後の蓄えもある。
だが、友人や両親から何で結婚しないの?早く結婚しろ孫の顔を見せろとうるさく言われて流石に無視できなくなってきた。
そして何より、職場のいけ好かない後輩にマウントされるのが許せなかった。
「『あれ?この中で結婚してないのって柴崎さんだけになっちゃいましたね。いい人紹介しましょうかぁ?』じゃねーよ!」
私の唯一の欠点、それは未だに独身であることだった。
翌日、会社に行くと何故かこんもりと机に案件の山が積まれていた。
「絶対に課長の仕業だ…」
クソッ妻帯者のくせにセクハラしてんじゃねーよ!と悪態つきそうになるのをこらえて、山になった案件を片付けていく。
それを見ていた、去年入社した後輩の藤城くんが手伝いましょうか?と声をかけてきた。
「大丈夫。今日中に終わるから」
見るからに一人じゃ終わらない量だった。
だけど人に頼るのはプライドが許さなかったし、何より課長の嫌がらせに負けたくなかったので猛烈な勢いで仕事に打ち込み、終電ギリギリになんとか終わらすことが出来た。
あれ?そういえば、いつのまにか案件の数が減っているような…。
「終わりました?」
「わぁ!」
いきなり背後から声を掛けられてひっくり返りそうになる。
さっき声をかけてくれた藤城くんだった。
存在感がなさ過ぎて気付かなかった。
「はい、どうぞ。おつかれさまです」
「あ、有り難う」
コンビニで買ってきてくれたコーヒーを渡される。わざわざ買いに行ってくれたのか…と思いつつ、彼のデスクを見るとそこには私が持っていた案件が何枚かあった。
「ごめんね。手伝わせて」
「いいんです。いつも世話になってるんで」
藤城くんは、去年うちの会社に入社してきた後輩だった。
隣の席なので、何かと仕事を教えてきたが要領もよくいつのまにか期待の新人として活躍するようになった。
仕事以外はいつもボーッとしていて正直何を考えているかわからないところはあるけれど…。こうやってさり気なく気が利くし、いい子なんだよなぁと改めて彼が後輩で良かったと思った。
「そういえば」
「ん?」
「この間、婚活サイト見てましたよね?」
ブフォーッと思わず口からコーヒーを噴き出しそうになる。
休憩室で検索した時だろうか?スマホの画面をロックせず退席したときだろうか?
恥ずかしさで死ねる…。
「あー、ちょっと興味があってね?周りがどんどん結婚してるしどんなもんかなーって」
「あれって、結構釣り垢多いですよ。ホストや通販の営業だったり、既婚者が登録してたり」
そうだよなー。現実そんな甘くないよなー。
年収1000万のイケメンなんて存在するわけないよなー。そんなんもうとっくに結婚してるわ。って何故そんなに詳しいんだ藤城くんは?
「俺もそのアプリ登録してて。偶然マッチングしたんです」
柴崎さんと。
藤城くんのスマホの画面を見せられて驚愕する。私の盛りに盛った写真とプロフィールがそこにあったからだ。
「えっ…あっ…なっ」
「顔、真っ赤ですよ?」
穴があったら、入りたい。
一番知られちゃいけない人に秘密を知られてしまった。
「こ、このことは…誰かに…?」
「いえ、まだ誰にも」
「誰にも言わないでください。お願いいたします」
土下座する勢いで懇願する。
社内に知られ渡ったら面目丸潰れ。特に課長とマウント女には絶対に知られるわけにはいかない!
「いいですよ、ただし」
「僕と結婚してください」
へ?と思わず間の抜けた声が出た。
今この人、なんて言った?
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