コスパ婚
「おはようございます」

チュンチュン、と小鳥が囀る月曜日の朝。
目が覚めたら目の前にイケメンがいた。

「おはよう…じゃなくて、何で家にいるの!?」

「僕が大家なので」

そう言って彼はキッチンへと向かった。
いや普通に不法侵入では??と思ったが、一応私の夫なので罪に問うのは無理だなと諦めた。

「朝食がてら、これからの事について打ち合わせをしようと思いまして」

テーブルに並べられたホテル顔負けの朝食と美味しそうな匂いに思わずごくりと喉が鳴る。
金持ちでイケメンの上に料理も上手とか設定盛りすぎじゃないか???


「会社では、極力結婚していることは隠しましょう」

「へ」

トーストを齧っていたら、まさかの爆弾発言に手が止まる。
独身だと女が群がってしょうがないと自慢していたのに、途中で気が変わったのか???
というか私は今までマウントとっていた女たちに滅茶苦茶自慢する気満々だったが??

「おそらく、結婚していると知られたらそこに至るまでの経緯を根掘り葉掘り聞かれて面倒臭くなると思うので。その代わりと言ってはなんですが、この指輪を常時身につけて下さい」

そう言ってシンプルなプラチナリングを手渡される。
もっとこう、ムードとかを気にしろ??と思ったがこれも契約なので仕方がない。

「ちなみにこれ、どれくらいかかったの?」

「そういうの、聞かない方がいいと思いますよ」

ムードがないのは、どうやらお互い様だった。







「お疲れ様です…ってあれ?」

午前中の仕事が終わり休憩室に向かう途中。
早速、職場のマウント女・木村加奈が指輪の存在に気づいたようだった。

「それってもしや、婚約指輪ですか?」

「まぁ一応、ね」

本当は(カモフラ用の)結婚指輪だが。
極力ドヤらないように気を付けて、そっけなく返事をする。

「へぇ〜相手はどういう方ですか?」

ニヤニヤと、愉しそうな顔で探りを入れてくる。その反応も既に想定内だ。

「相手はただの会社員よ。知り合いの紹介でたまたま出会ったの」

まさに定型文。嘘は言っていない。
ちゃんと入社式の時に課長から直属の部下として紹介されたしな!!!
これ以上探りようもあるまい…とその場を去ろうとしたその時。

「じゃあ、その人の写真ってあります?」

写真…だと…?
まさか相手の写真を要求されるとは思ってもいなかった。
今まさに、警察に尋問されてる犯人の気分だ。

「あれぇ?ないんですかぁ?まぁ、指輪って自己満足でつけてる方もいますし…」

この女、殺していいかな????
一瞬殺意が芽生えたが、まぁしょうがない。
ただのファッションですよ〜独身女の自己満足ですよ〜って言えば済む話だよな。
と思ったその時。

「ええ。僕の自己満足でプレゼントいたしました」

どこからともなく藤城くんが現れて、私たちの間に割って入った。

「え、相手って…」

「はい。僕たち結婚しました」

今朝言ってたのと話が違うやん!と思ったが、正直助かった。
あれ以上追求されたらもしかして墓穴を掘っていたかもしれない。
しかし木村は納得いってないようだった。

「へぇー…女に興味ないとか言ってたのに?」

そんなこと言ってたんかお前???
だから極力隠そうとしてたのか。結局隠し切れなかったけど。

「ええ、ありませんよ。この人以外には」

瞬間、ふわっと肩を抱き寄せられる。
突然のことに、全身が硬直する。
それを見ていた木村はとんでもない顔でこちらを睨んでいた。

「そうなんだ…どうぞお幸せに」

そう言って彼女は高いヒールを鳴らしながら去っていった。

「すみません。打ち合わせ通りにいかなくて」

「大丈夫、それより肩…」

「あっすみません」

パッと手を離されて、肩を開放される。
ヘナヘナとその場に座り込む。
その様子を心配そうな顔でじっと見ていた。

「もしかして泉さんって、潔癖症ですか?」

「うん…おかしいよね?この歳になって、男の人に触れられるのが怖いとかさ」

ははは、と自虐的に笑う。
本当は泣きたかった。
幼い頃のトラウマが蘇る。
あの日を境に、男の人に触れることも触れられることも怖くなった。そして、そんな弱い自分を他人にさらけ出すことも怖かった。
きっとそんな私を知ったら嘲るか、離れていってしまうだろうから。

「何もおかしくないです。僕にだって、人に言えない厄介なもの抱えてますし」

「人に言えない厄介なもの…?」

「ま、それはお互い様ということで」

“お互いのプライベートには干渉しない”
最初に交わした誓いを思い出す。
彼は絶対に人の嫌がることをしようとはしない。それは多分、彼にも触れられたくない部分があるからで。
普通の恋人や夫婦だったら、きっと簡単に踏み越えてしまう領域だろう。
私はこの歪な関係を、心地良いと思った。

「そうね、お互い様だわ。おかしいのは」

「ええ。似た者同士、ってやつです」

それはちょっと納得いかないが、まぁこんな私でもいいかと少しだけ自分を許すことができた。







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