暁のオイディプス
 ……正直、家督だとか、斎藤家の跡取りとか。


 生まれた時から自分の素質や向き不向きとは関係なしに与えられていた定めに対し、重苦しさを感じるのと同時に、自分には向いていないとも常日頃思い知らされてきた。


 しかし亡き母上の弟である稲葉に、「姉の悲願」と言われると無下にできない。


 主従関係を確固なものとするために、まるで褒美の品のように土岐の御屋形様から父に下げ渡された母上。


 いくらそれは名誉なことであると言われても、幸せだったとは到底思えない。


 しかもついに父の正室にはなれず、死しても側室としての扱いのままで……。


 「我らが稲葉家の力が及ばず、姉上にはつらい思いをさせました。未だに若殿にも」


 稲葉家は代々この美濃の地に定着した豪族であり、そこの生まれである母上の身分は決して低いものではないのだが。


 美濃守護である土岐家の一族である正室・小見の方の血筋には残念ながら敵わない。


 小見の方がいる限り、母は未来永劫側室のままである。


 「亡き姉の無念を晴らすためには、若殿に一刻も早く家督を継いでいただくことが必要不可欠なのです。そのためにも一刻も早く奥方様をお迎えになられ、さらに次の代の斎藤家の嫡男となる男の子を」


 「私は斎藤利政の長男だ。今のままなら嫌でも私が次期当主、」


 「若殿が早く次期当主としての地位を固められませんと、孫四郎(まごしろう)様が成長してきます」


 孫四郎とは私の弟で、母は正室・小見の方。


 「孫四郎か。まだ元服もしていない小僧が、私を飛び越えて家督を継ぐなど」


 いくら母が正室とはいえ、十歳以上年の離れた若造が、私の立場を脅かすことなどあり得ないと思っていた。


 「今は大丈夫だとしても、あと五年もすれば孫四郎様も15となり、元服の時期を迎えているでしょう。しかも向こうは、正室を母としています」


 「……」


 家督を継ぎ、面倒な領国統治や周辺諸国の戦の日々に心身をすり減らすような日々は避けたいので、当主の地位はそんなにほしいものではない。


 だが不幸にも若くして亡くなった母の無念を思うと……。


 亡くなるその日まで、私の行く末を案じていたという。


 私が無事に斎藤家の家督を継ぐ日に、最後の望みを託して。
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