暁のオイディプス
 「あ、あなた様は美濃の若殿……!」


 薄暗くてよく分からなかったようだが、ようやく警護の者は私の正体に気が付いたようだ。


 「若殿ですと?」


 「ということは、守護代・斎藤利政の嫡男の……?」


 すでに騒ぎを聞きつけた侍女たちが何人も集まってきており、それぞれが怪訝そうな表情で私を見ていた。


 「守護代の息子が、こんな時間に何の用です。お帰りください!」


 侍女たちの代表と思われる年配の者が、私に言い放った。


 名門・土岐家に仕える者としての誇り高く、守護代の家の生まれである私を見下しているようだ。


 その時だった。


 「そなたが斎藤利政の嫡男か」


 先ほどまで琵琶を奏でていた女が演奏を止め、立ち上がった。


 軒先から私を見下ろしている。


 もしも土岐家一門の姫君ならば、私よりはるかに格上。


 たとえ斎藤家が美濃で実権を握ろうとも、家の格という面では足元にも及ばない。


 「斉藤高政。マムシの子か」


 そう告げられたのと同時に、鼻で笑われたような気がした。


 ……下剋上を繰り返し、成り上がった過去の経歴からか、父は巷で「美濃のマムシ」と呼ばれていた。


 執念深いという意味か、狙った獲物は決して逃さないからか。


 それを踏まえてこの姫君は、私をマムシの子と言い放ってあざ笑ったのだろうか。


 「御屋形様は不在だ。また訪れるがよい」


 とだけ告げて、姫君は背を向けて屋敷の中へと戻っていった。


 戸の陰に入ってしまう直前に、ちらっと私のほうを見て笑ったように見えた。


 「……とにかく、もうお帰りください。ここは斎藤家の若殿がいらっしゃるような所ではありません」


 侍女に追い立てられるように、私はそこを後にした。


 すでに辺りは真っ暗になっていた。


 姫君の名前も聞けず、誰なのかも分からないままに。
< 23 / 67 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop