暁のオイディプス
「あ、あなた様は美濃の若殿……!」
薄暗くてよく分からなかったようだが、ようやく警護の者は私の正体に気が付いたようだ。
「若殿ですと?」
「ということは、守護代・斎藤利政の嫡男の……?」
すでに騒ぎを聞きつけた侍女たちが何人も集まってきており、それぞれが怪訝そうな表情で私を見ていた。
「守護代の息子が、こんな時間に何の用です。お帰りください!」
侍女たちの代表と思われる年配の者が、私に言い放った。
名門・土岐家に仕える者としての誇り高く、守護代の家の生まれである私を見下しているようだ。
その時だった。
「そなたが斎藤利政の嫡男か」
先ほどまで琵琶を奏でていた女が演奏を止め、立ち上がった。
軒先から私を見下ろしている。
もしも土岐家一門の姫君ならば、私よりはるかに格上。
たとえ斎藤家が美濃で実権を握ろうとも、家の格という面では足元にも及ばない。
「斉藤高政。マムシの子か」
そう告げられたのと同時に、鼻で笑われたような気がした。
……下剋上を繰り返し、成り上がった過去の経歴からか、父は巷で「美濃のマムシ」と呼ばれていた。
執念深いという意味か、狙った獲物は決して逃さないからか。
それを踏まえてこの姫君は、私をマムシの子と言い放ってあざ笑ったのだろうか。
「御屋形様は不在だ。また訪れるがよい」
とだけ告げて、姫君は背を向けて屋敷の中へと戻っていった。
戸の陰に入ってしまう直前に、ちらっと私のほうを見て笑ったように見えた。
「……とにかく、もうお帰りください。ここは斎藤家の若殿がいらっしゃるような所ではありません」
侍女に追い立てられるように、私はそこを後にした。
すでに辺りは真っ暗になっていた。
姫君の名前も聞けず、誰なのかも分からないままに。
薄暗くてよく分からなかったようだが、ようやく警護の者は私の正体に気が付いたようだ。
「若殿ですと?」
「ということは、守護代・斎藤利政の嫡男の……?」
すでに騒ぎを聞きつけた侍女たちが何人も集まってきており、それぞれが怪訝そうな表情で私を見ていた。
「守護代の息子が、こんな時間に何の用です。お帰りください!」
侍女たちの代表と思われる年配の者が、私に言い放った。
名門・土岐家に仕える者としての誇り高く、守護代の家の生まれである私を見下しているようだ。
その時だった。
「そなたが斎藤利政の嫡男か」
先ほどまで琵琶を奏でていた女が演奏を止め、立ち上がった。
軒先から私を見下ろしている。
もしも土岐家一門の姫君ならば、私よりはるかに格上。
たとえ斎藤家が美濃で実権を握ろうとも、家の格という面では足元にも及ばない。
「斉藤高政。マムシの子か」
そう告げられたのと同時に、鼻で笑われたような気がした。
……下剋上を繰り返し、成り上がった過去の経歴からか、父は巷で「美濃のマムシ」と呼ばれていた。
執念深いという意味か、狙った獲物は決して逃さないからか。
それを踏まえてこの姫君は、私をマムシの子と言い放ってあざ笑ったのだろうか。
「御屋形様は不在だ。また訪れるがよい」
とだけ告げて、姫君は背を向けて屋敷の中へと戻っていった。
戸の陰に入ってしまう直前に、ちらっと私のほうを見て笑ったように見えた。
「……とにかく、もうお帰りください。ここは斎藤家の若殿がいらっしゃるような所ではありません」
侍女に追い立てられるように、私はそこを後にした。
すでに辺りは真っ暗になっていた。
姫君の名前も聞けず、誰なのかも分からないままに。