暁のオイディプス
***


 「お前たち、何をしている!?」


 稲葉山城に戻り、自室に向かって歩いていた時だった。


 城に仕える男どもが中庭に集まって、何かを燃やしている。


 よく見ると私の部屋から、書物を続々と運び出しているようだ。


 その時、書物の表紙がちらっと見えたのだがびっくり。


 『源氏物語写本』


 連中は私の貴重な蔵書を燃やしているのだ。


 「何をしているのだ! やめろ!」


 使用人たちを突き飛ばし、まだ燃えていない分を急いで取り除き。


 それから井戸の水をくみ上げて火を消した。


 だがすでに灰になってしまったものも……。


 「お前たち、何を考えているのだ! これらが貴重な古書と知ってのことか?」


 かつて土岐の御屋形様からいただいたものだった。


 「も、申し訳ありません! 大殿に命じられまして……」


 「父に?」


 父が私の蔵書を燃やせと、連中に命じたようだ。


 何が目的だ?


 「父上!」


 あまりのひどい仕打ちに耐え切れず、私は父の部屋へと向かった。


 幸いまだ起きていて、部屋で酒を飲んでいた。


 正室の小見の方も一緒だった。


 「なんじゃ。夜更けに騒がしい」


 父は迷惑そうに私を見るが、


 「父上こそ夜更けに何をなさるのですか! 私の貴重な蔵書を燃やすなど、正気の沙汰とは思えません!」


 「何を大袈裟な」


 父は苦笑した。


 「諸悪の根源を、灰に帰したまでだ」


 「諸悪の根源とはどういうことです。あれらはこの国の名作中の名作ばかり……」


 「本を読むなとは言わぬ。武士ならば、もっとためになるものを読め! 女・子供が読むような、あんな軟弱な恋物語など、武士の教養に相応しくない!」


 「な、軟弱とは何です。源氏物語の知識は公家のみならず、武家にも必要な教養であり、」


 「あんなものばかり読んでいるからお前は、土岐の御屋形のような軟弱な武士になるんだぞ!」
< 52 / 67 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop