暁のオイディプス
 「……」


 父は、御屋形様のことを内心見下している。


 形式上はこの美濃の支配者として崇め奉っているけれど、あくまで表向きの話。


 軍事面よりも文化に重きを置く御屋形様を父は、武士にあるまじき存在とみなし、軽蔑している。


 私がそんな御屋形様の影響を受けることを、当然快くは思わず、極力引き離そうとしているのも分かっている。


 それもまた、私と有明の仲を認めようとしない理由の一つ……。


 「そういえばお前は、まだあの軟弱御屋形の娘と交流しているそうだな」


 いきなり父は、有明に言及した。


 「土岐家との縁組は、我が斎藤家には相応しくない。前にも言った通り、あの娘と別れなければ、この斎藤家を出て行ってもらう」


 酒の影響か、今夜の父は口数が多かった。


 私に、有明と別れろと繰り返す。


 「お前がいなくとも、次男の孫四郎(まごしろう)がいることを忘れるでないぞ。孫四郎は今や、立派な若者となった。お前がいつまでも軟弱な趣味にうつつを抜かしているのならば、孫四郎のほうが次期当主に相応しいと判断されるのもそう先のことではないぞ」


 小見の方の産んだ異母弟・孫四郎は十歳以上離れているので、これまではさほど気にすることはなかったものの。


 成長し元服が近づいてくるにつれて、父は私と比べることが多くなってきて、徐々に気に障るようになってきているのも事実。


 悔しいことに孫四郎は利発な少年で、父のお気に入り……。


 「このままならお前、孫四郎に抜かされるぞ」


 そんなこと、言わなくてもいいのではないか。


 しかも孫四郎の母、小見の方の面前で……。


 かと言って言い返すのも憚られ、私は黙って悔しさを噛みしめているだけだった。


 「大殿、そのようなことをおっしゃるものではありません」


 その時意外な助け船が。
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