ライラックの恋
「...い!紫乃先生!」
『ー!
ご、めん!ぼうっとしてた...』
ついぼんやりしがちな、昼下がり。
私は、生徒の呼ぶ声に少しだけ驚く。
「ふふ、紫乃先生もぼんやりすることあるんだね。もう、お腹平気になったから教室戻るね?」
そう言って笑う女子生徒の顔色は、
ここを訪ねて来た時よりも随分よくなった。
『ん、またきつい時は我慢せずにいつでもおいで。』
はーい、と間延びした返事をしながら手を振る彼女に私も笑顔で答える。
カラカラと音立てて引き戸が閉まり、
白い部屋が外から聞こえる水音に支配される。
あぁ...
こんな風にしとしとと雨が降り続ける日は、
【あの日】を思い出させるから好きじゃない。
『ふぅ...仕事しよ。』
憂鬱な気持ちに抵抗しようと発した言葉は、
無機質な空間に漂っただけな気がした。
明日は土曜日。
特に急ぎの仕事はないし、
ゆっくり会いに行こうかな。
そんなことを考えながら、パソコンに向かう。
真田紫乃・23歳。
青葉台高校の養護教諭をしている。
母校でもあるこの学校に赴任して1年目。
毎日が充実している。
ほんの5年前まで通っていた学校だから、
知っている先生だってもちろんいる。
でもこの5年は、
私にとって色んなことがあり過ぎた。
朝から降ろしたままだったブラインドを覗くと、
降り続ける雨が見えただけだった。