花筏に沈む恋とぬいぐるみ
何かが起こったはずなのに、何が起きたかわからない。一人取り残された花は、焦って雅に駆け寄った。と、花の声に反応した雅はゆっくりと顔を上げた。
そこに居たのは、雅だったが雅ではなかった。
明るさがある笑みは今はなく、口はへの字になっており目も吊り上がっている。けれど、視線はとても優しい。ふんわりとした雰囲気から凛とした空気感に変わっている。それは花がよく知る人物そのものだった。
小さくて口下手だけど情熱がある冷静な人。
「もしかし、………凛なの?」
「…………あぁ、視線が高い。やっと戻ったのか」
「って事は、成功、した?」
凛は自分の体を見渡したり、手を握ったりしながら、久しぶりの自分の体の感覚を確認していた。
そう、凛の魂はクマ様から人間の体へと戻ったのだ。
魂の移動が成功した。花はそれ嬉しくて体が飛び上がる思いだった。が、肝心な事をまだ確認していない事に気付いた。
という事は雅の魂はどこに行ってしまったのか。
「わ!もしかして、俺がクマ様になったの?しかも、プレゼントしたもらったクマちゃんに!?すごい!すごーいんだけど、このクマ様だと動けないよー!」
自分の体に戻った凛。
そしてその凛の体に魂をうつしてしまった雅。彼の魂は、どうやら目論見が成功したようだった。
凛は自分が作ったクマのぬいぐるみを拾い上げ、「ひっどい出来だな」と苦言を漏らしながらも、満面の笑みを浮かべていた。その笑みは、雅の魂が入り込んだ時とは違う、少年のような笑顔だった。
「テディベアに魂を宿すの、少しいいなーって思ってたんだよね。ぬいぐるみ大好き人間としては、最後にぬいぐるみになれるなんて、幸せだね」
「俺はもう二度とごめんだ。動きにくい」
「お疲れ様、凛」
「でも、本当に成功してよかった……」
上機嫌な凛は、凛の手の中でとても嬉しそうだった。どうやっても起き上がれないようだが、短い腕と足をバタバタさせながら子どものように喜んでいる。